男達の麺麭餐~中野富士見町・我が母校の近くで~
俺たちは引き続き、縁台で話し込んでいた。ただし外の和菓子屋でお茶請けだけは買ってきた。
「ううむ……! これは美味い!」
「でしょう? ミリアルさんも気に入っておられましたよ」
「本当か!? いやあ、実に味わい深い。この黄金の餡はまさに至高だ……ぜひ持って帰って里で作りたいものだ」
カミルはそう言ってみたらし団子を齧り、破顔する。
「そう、しかし、ミリアル殿のことだ……」
破顔した直後に、すぐに彼の表情が暗く沈む。
「どうなされたいんですか?」
「勿論その男を見つけ出し……」
「違いますよ。『ミリアルさんのことです』」
「……何?」
「犯人を見つけて、成敗して、どうするんですか? 仇は取った、それで、ミリアルさんとまた付き合いたいのですか? それとも単なる腹いせですか?」
「う、うむむ……」
考えてなかったのか、彼は顔を真っ赤にしたまま黙った。俺は彼が七色の顔面色を持つエルフ、という異名でも持てばいいんじゃないかとそろそろ本気で思い始めてきた。
「恨みを晴らす、まではいいですよ? ですがそれでミリアルさんとまたお付き合いできるのは別の話なのでは? そもそも、お付き合いしたい――というかできるので?」
俺としては至極もっともな疑問を口にしただけなのだが、カミルの顔には――。
(え、どうしよ。全く考えてなかった)
としか書いてなかった。
「……状況を整理しましょうか。ええと……ミリアルさんとご結婚なさりたい?」
「う、うむ」
「ですが、傷物は嫌……というか出来ない?」
「いや、別に公表されている事実ではないから黙っていれば家的には……だが私的にはそれは……些細な、ううん、ああん」
(処女が良いなあ)
今度はそんな風に露骨に言動に出ている。カミル君、嘘下手すぎる。
というか、処女厨か、面倒だな。まあ伝統的に純潔を守る一族かもしれんからめったなことは言わんとこう。
「まあ、色々置いといて……つまりまず犯人は、今はどうでもいいですね?」
「な!? それはどういうことだ! 私に復讐を諦めろというのか!」
「別にそうは言ってないですけど、でも、この広い東京で探すの骨だと思いますよ?」
「な、何百人いようが必ず探し出して……」
「この辺りだけで、数万はいますが?」
「え?」
カミル君、目を白黒させて(嘘でしょ?)と言っている。
「ミリアルさんは歌舞伎町……新宿という歓楽街に行って切れてましたから範囲はそれなりに絞れるかもしれませんけど、それでも数千人ぐらいはいますよ? 見つけようったって何も手掛かりがなければ無理ですよ」
「……こ、この目で確かめねば信じるわけには」
と言うので、一行で見てきました。結果は――。
「あばばばば……」
カミル君、人多すぎて途中で泡吹いて倒れました。タクシー代は持ってくれよ?
「臭い……人の群れ……通れない……ぶつかる……」
「これでもきれいになったんだけどなあ」
カミル君は小一時間で宿に戻ってきて寝込んでしまったのであった。縁台に座布団を置いて寝かしながら、会話を再開する。
「ご理解いただけたようで」
「し、しかし……これでは私の気持ちは……」
「だからあ、最初に言ったじゃないですか。結婚したい、再構築したいってことなのか、それとも恨みを晴らしたいだけなのかって。後者の難易度、高いですよ?」
「う、うむ……復讐が難しいのは分かったが……。しかし、はぁ、うん、お手付きかぁ……」
やっぱそこ引っかかるのかよこの処女厨エルフめ。
まあ男がそういうものに憧れるのはよくわかるけど、実際好きになったらどっちでも構わんだろうよ。大体疲れるぞ?
「「ぐう」」
どうすっかな、というタイミングで俺達の腹が鳴った。ああ、もう正午すぎてるもんな。
「……じゃあちょっと、飯食って気分転換しましょうか。案内しますよ、美味い店」
いい意見が出ない時は、飯を食うに限る。それが俺の人生訓だ。
◆
「――ここは?」
俺たちは幡ヶ谷六号通りの坂を下り、弥生町方面へ足を向けた。この辺りには富士高校という進学校がある。ここの剣道場、あの有名な人気漫画、あさひなぐの薙刀部の部室のモデルになっている。初見で読んで気が付いたのだが、どうして気が付いたかと言えば、俺の母校がここだからだ。
富士校の先には昔は佼成病院という大きな病院があったのだが、今は移転して無い。空いた敷地は京王バスの駐車場になっており、大型のバスが何台も止まっている。
俺はそのバス駐車場の向かいにあるモスバーガー横の焦げ茶色の外観のパン屋を目指して歩いていた。
「パン屋です。食べたことありますよね? パン」
「ああ、まあ、あるな、。というか主食だ」
エルフは草食だと聞く。ちなみにドリスコルによる事前のチェックでカミルが完全草食だということは調査済みだ。なら今回の店は大分限定される。パンなら基本エルフに対して外さない。肉が食いたければ俺だけサンドイッチにしてもいいのだし。
俺は戸惑い気味なカミルと一緒に店の戸を開く。
瞬間、小麦の焼けた香ばしい匂いが身体に雪崩れ込む。
「――よき、匂いだな」
「でしょう?」
目の前のショーケースの中、そしてその上に陳列された数々の――小麦色に焼けたそれを見ると思わずため息が零れる。相変わらず、いい出来、良い色合いだ。
美味いパンというのはもう、色に出るのだ。こげ茶から、茶色、薄いオレンジがかったような――その色のグラデーションを楽しむのがパンを購入するときの醍醐味だ、と俺は思っている。
「どれを……買えば良いのか……」
カミルは腕組みしたままパンとにらめっこしたまま黙る。今は空いているがすぐに次のお客さんがきて狭い店内が込み合うのは必至だ。ここはアドバイスしてさっさと決めて貰い出たいところだ。
「好きそうな、美味しそうなの取って下さい。見た目美しいものが美味しい――それが間違えないパン選びだと思います」
そう、不味いパンは崩れるのだ。焼き加減、材料の小麦の質、分量、比率、練り込み、それがすべてであり基本だ。どれかを間違えればパンはもう売り物にならない。だから形よく、美味そうに焼けていればそれは大抵本当に美味い。
俺は、本当に美味そうな茶色のグラデーションをたたえるクロワッサンをトレイに乗せる。
虹というのは七色だ。しかしこのクロワッサンはまさに茶色の虹だと思う。七色の茶色のグラデーションが美味さのアーチを俺に見せる。
ついでにその横にある同じようなサクサク生地のパン・オ・ショコラも忘れない。俺が取って見せると、彼もそれに倣うように同じものを手に取った。
「それは?」
「ああ、これはカミルには食べられませんよ。肉が入ってますから」
俺が次にとったのはチリコンカンというパンだ。クロワッサン生地の中に辛いソーセージを入れて焼き上げてあるのだ。サクサク生地の中に閉じ込められたピリッと辛く、ジュワっと仄かな脂が噛んだ時に出てきてそれがホロリと解けるパン生地に染み、さらにサク、ふわ、の食感と相まって、実に美味い。
カミルは興味深そうにジッとそのパンを見つめ続けている。
「食べて見ますか?」
「あ、いや、いい」
――まだ、固いな。
その反応を見て、彼はまだお堅いエルフだ、と思う。それを無理に俺が柔らかくする必要はない。悪いことでもない。単に、環境の問題だろうと思う。草食が悪いことでもない、ただ興味を持ったことに対してまだ引っ込み思案であり、旧式のものを守ろうとする、封建的な、保守的な部分があることをなんとなく感じただけだ。
「これは食べれると思いますよ」
そう言って俺は彼のトレイにクランベリーノワを乗せた。
「クランベリーとクルミ。えーと、甘ずっぱい木の実の果実と香ばしい木の実の混ぜた少し硬いパンです」
いわゆる生地が硬い、ハード系のパンだ。しかし多分異世界の基準だとこれでも柔らかいと思う。釘が打てるようなパンが普通に存在するような文化だとドリスコルからは聞かされている。
これはカリッとした食べ応えの中にベリーの仄かに酸っぱく優しい甘さとクルミの香ばしさが弾け合い、共演している代物だ。じんわり、舌の奥に染みるように味わい深く、美味い。
「じゃあ一旦出ましょう。お会計を」
まだ成人男性には物足りない、と思うくらいの量を購入して俺たちは店を出た。
「少々、足りないのではないか?」
「ああ、もう一軒寄りたいんですよ。まず一個食べてからゆっくり移動しましょうか」
食いながら歩くのはあまり好きじゃない。物をのどに詰まらせることもあるし、ボロボロと飯を道端に零すのもマナー違反だと思うからだ。だからまず、先に一個食べてから小腹を満たして移動しようと思った。
お互いまず、クロワッサンを手に取る。
茶色の虹が再び俺の目の前にある。美味そうな――小麦の香り。いただき――ます。
あーん。
サクッ。ホロッ……。サクッ、ジュ、ホロッ……。
サクサクの層が次々に口の中で解け、溶ける。あまりにも綺麗に焼き上げられたそれはあまりのサクサク加減に口廻りに崩れた生地が纏わりつく。うっま。
「――おお――」
あ、カミル君。歓喜に打ち震えて泣いてる。
「何だ――何なのだ、これは」
口廻りに解けたパン生地を大量につけながらいい大人が号泣している。しかも店先で。割と営業妨害かもしれない。
「美味い――幾層にも重ねられたパン生地が、まるで氷精に囚われた私の心を溶かすように――ああ」
一個って言ったのに、カミル君、あっという間に食べきって、もう次のパン・オ。ショコラにも口をつけていた。
「あ――」
今度はカミル君、パンを咥えたまま膝から崩れ落ちた。
「甘い――いや、甘いだけではない……これは……この黒色の物体は何だ?」
チョコだ。パリ、サクの生地の中にカリ、としたチョコが甘みを加えるのだ。歯に当たる食感がどれも楽しく、また自然な小麦の甘みにチョコの甘さが邪魔になるどころか更なる相乗効果を与えお互いを高め合う。これはパン生地がそれだけの力を内包しているからに他ならない。
食べたことはあるから味は分かる。甘~美味いよなあ。
「美味すぎる……きっとこの店は、国のお抱えなのだろう?」
「え? いや、まったくもって普通の町のパン屋ですよ?」
「嘘を吐くな! いや、そんな、これほどの物が街中にあるなど……きっと恐ろしく儲かっているのではないか?」
「普通ですよ? しかも最近店が傾きかけたらしいですし」
「何!?」
カミル君、顔色が信号機みたいに変わりすぎ。
「この近くにおっきな病院があったんですよ。それが移転して、見舞客とか、病院の関係者とか、とにかくお客が減ったんです。でも――店の方針を若干転換することで事なきを得た、らしいです」
「……ほう?」
「通販――まあお届けですね。それをネット――ええと、まあ誰でも注文できる魔法、みたいなものを導入して届けるようにしたら持ち直したって聞きました。つまり、今までの手法が駄目になったから新しい手段を講じた、ということです」
「なるほど……しかし、これほどの物があっても傾くとは……厳しいのだな、色々」
「食い物関係はちょっとでも仕入れと販売の歯車が狂うと潰れますからね。沢山潰れた店の共通点は――ああ、今は関係ないですね。長くなるので興味がありましたらまた今度」
「うむ、後で聞かせて貰おう。我々の一族も商売人として働く者が多いのでな」
今回で終わると言ったな。あれは嘘だ。
てか普通にパンのこと書いてたら文字数増えすぎました。このお店、通販もやってるのでぜひどうぞ。美味しいです。
多分次回には終わる……といいなあ。




