男達の麺麭餐~異世界食パン的三角関係~
「ああこの店も美味かったな。見た感じとても繁盛しているようだ。こちらは流石に店が傾いたりはしたことはないのだろう?」
綺麗な店内を彼は見渡す。オープンは2年前ぐらいだろうか。綺麗な店内、順調そうに見える売り上げ、しかし……。
「一回閉店してますね」
「はあ!?」
信じられない言葉だったらしく、彼は思わず声を上げた。
「どうしてこの店が!? いや、嘘だとは言う気はないが……信じられん」
「ああ、パン屋としては閉店してないんですよ。実は前は雑貨店だったんです。パンとか影も形もなく」
「ほう?」
「何十年も新宿で営業してた由緒ある雑貨屋だったらしいですが、それがこっち移転したんですよ。それが、まあ売れなくて」
場所柄、品ぞろえ、時節、いろんなものが要因としてあるだろう。日がな一日ガラス越しに店主の爺さんが暇そうにしているのを俺は見ていた。
「それがまあ、パン屋にリニューアルしたら、売れたんですよねえ」
嬉しそうに前の店主の老夫婦がその様子をご近所に語っているのを見たとき、俺も自然と嬉しくなった。
「再生って言うんですけど。そうやってまた別のものとして生まれ変わることも悪いことじゃないって思いますよ? 最初のパン屋のように自分を変えることも、新しいことに切り替えて生まれ変わることも」
「……ああ、そうかもしれない」
カミルは項垂れていた頭を上げた。
「私の考えは間違っていたのかもしれない。そう、たとえ傷を負ったとしても、再生できるのだな」
そうだ。婚約者のことも、その関係も壊れたとしても何とかなるかもしれない。人生生きていれば道は何処かにあるものだ。
「純潔にこだわり過ぎていた自分の不明も恥じよう。彼女はそれをもう受け入れているのだ。私がそれを覆そうというならすべてを捨て去り、新たな気持ちで臨まねば」
おお! 成長したじゃん!
育てゲーが上手くいった感覚に陥り俺は嬉しくなる。いや、成長した彼が偉いんだけどさ。
「それがいいですよ。じゃあ、求婚し直しますか?」
「あ、いやあ……しかし一つ問題がなくもない」
「何か?」
「いや、処女じゃないことだ」
思わず脳内でズッコケた。おい、処女厨卒業したんじゃないのかよ?
「えーと、処女じゃないと何か問題でも?」
「ああいや、別に私は気にしないのだが……まずユニコーンの儀式を受けれない。誰かと密通していたことが結婚前に分かると大問題だ」
俺はエルフの結婚について彼から詳細を聞いた。
「あー……そりゃあかんな」
処女厨幻想生物代表ユニコーンさんの前に立つとかそりゃあ大問題になるよな。
「なるほど……じゃあそれ止めてしまえばいいのでは?」
「え?」
「だって儀礼的なものでしょう? 無礼だし、未婚の女性に対して失礼だって言い張って廃止すればいいじゃないですか」
(え? 止めていいの? やっべー思いつかなかったわ)
だからカミル君、喋る前に顔に出さないで。そろそろ笑うから。
「貴方の婚約者のことでしょう? 全くもってけしからんとか、妻となる女性を侮辱するのか、とか理由付けて辞めりゃいいんですよ。長男でご結婚てことはもう長継ぐ一歩手前何でしょう? 変えちゃいましょうよ、前例」
「……そう、そうだな。確かにそうだ! うむ、私はこの腐ったエルフの封建社会をぶっ壊そう! そうだ、革命だ!」
いや、そこまで求めていないよ? ちょっとカミル君、思い込みが強くて暴走しやすいみたいだ。
「いやあ、そこまでしなくても……」
「いや! あの頭の固い父君の首を一刻も早く挿げ替えねばならぬ! よおし、帰ったら忙しくなるな、ハハハ!」
エルフ男児三日会わざれば革命闘士ですか、いやあ怖い。
「まあ、それよりもですね。まずは、乙女心では?」
「むむ! 確かに、うむ、そうだな。仕組みを変えてもミリアル殿の心を変えねば何も始まらないな……」
「とりあえ、贈り物とか、手紙から始めますか? そこでまあ、こいつの出番ということで」
俺は先ほど購入した『食パン』を彼に手渡した。
◆
大きな樹のほとりにあるミリアルの住まう屋敷に、異世界から帰還した足でカミルは単身訪れていた。
「申し訳ございません。。またご足労を頂いて……ですが」
「いや、こちらこそ申し訳ない。ミリアル殿の御迷惑も考えず、何も知らせずの来訪を受け入れて頂き感謝いたします」
カミルは目の前にいるのは彼の愛しき元婚約者、ミリアルだった。
簾越しで顔は見えないが、彼女はその向こうに座り、カミルの相手をしていた。父たち、里の長は今不在で、聖樹の元に集まり一族の会議に参加しているのだ。
下手に破談になった婚約話の相手と会うのはいらぬ噂を広げるかもしれないとミリアルは考えたが、カミルは『異相の仮面』をつけて顔を隠してまでここを訪れていた。だからこの訪問は、非公式である。
「いえ、こちらこそ私の我儘でこのようなことになってしまい……」
「それはもう良いのです。そちらの御事情は、分かっているつもりです」
カミルの言葉にミリアルは返事に詰まる。
「では――それは」
知られている。私の(都合よくねつ造した)事情を。ミリアルに緊張が走るが――。
「私はそれでも構わない、ということです。ですがミリアル殿にその気がないものを押し付けるわけにも参りません。ですから、すこしずつ、雪解けを待ちます。その間に結婚できるよう、例の儀式などは執り行わないなど、こちらも準備を整えますので」
なんと、彼はいまだに自分のことを諦めていないことに彼女は驚いた。なるほど、簾の向こう側に座る彼を精霊を通じてよく観察してみれば、表情は爽やかで、雰囲気もどことなくよくなっている気がする。何かあったのだろうか?
「つきましてはこれを……異世界の『食パン』という物です」
――お近づきのしるしに、と彼は袋に包まれたそれを彼女の前に差し出した。
ああ、あそこに行ったのか。と彼女は更に驚く。と、いうことはつまり、『彼』に会った、ということだ。しかもカミルの目的など容易に想像がつく。彼は、無事だったろうか?
「これは異世界の友、伸介と申す者に勧められたものでして、土産に是非、と」
「と、友――ですか?」
「ええ、なかなか良い人物でしたよ」
その言葉は嘘に聞こえなかった。友ときて、流石に彼女は動揺が隠せなくなってきていた。簾越しで本当に良かった。
簾を少しだけ上げて、彼女はその食パンを受け取る。
「どうぞ、お食べ下さい。今の私の気持ちです」
受け取ってしまった手前そう言われてしまっては食べないわけにもいかない。彼女は赤い透明な包みから切り分けられた食パンを一枚取り出し「では」と一言言ってから口に含んだ。
ふにゃ。
一口目、あまりに柔らかくて彼女は驚いた。次にやってきた食感は――。
もちっ。ぷちん。
およそこちらで食べたことのない食感だった。ボソッとしておらず、口に入れた瞬間からそれはしっとりと口と歯にまとわりついてきて、噛み切るときは弾力を伴い、口内の水分を吸い上げることもなくただ餅のように口内に残る。
「――美味しい」
「でしょう? 私もびっくりしました。もちっとしたパンは口の中でその風味を残し、これがパンと言われても信じられない。小麦ので出来た餅――そのような印象を受けました」
このもちもちした食感、白くきれいな小麦の板、彼女は最初に団子を口にしたときのような驚きをこのパンにも受けた。
「サンドイッチ、といって、果実や獣肉などを挟んで食べても美味いと言っておりました。この無垢な生地は何にでも合うと」
「確かに……合いそうですね」
「これが、今の私の気持ちであり、すべてです」
「――え?」
「私はこのようなパンを目指したいと思っております。勿論、自分の心の在り方として、です。単純で誰しもが食べるもの、しかしその実全く誰も口にしたことのないもの、そしてその味は何よりも美味しいもの、そして、全てを包み込み、まとめる――そのような男になりたいと思っています。そして、貴方にふさわしいと思われるように」
「――まあ」
この時ミリアルは元婚約者を少し見直していた。仮に『彼』を知っていなければ、結婚も仕方ないか、と思えるぐらいには。
「ああ、そういえば忘れておりました。エリアル、という方をご存知ないでしょうか?」
この時、ミリアルは本当に自分の心臓が凍り付いたかと思った。もしや自分が変装したこともばれているのではないか――と。
「そ、それはどういう……」
「ああいえ、わが友が探しているのです。……想い人、だそうで」
「……え」
彼女の凍った心臓が一瞬にして氷解する。顔と耳が真っ赤に染まり、動悸が収まらない。
「し、知り合いです。我が里におります」
「おお、そうですか! 彼から託を受け取っております。是非、お渡しいただけると幸いです」
「ええ、承りました!」
この後二人の会話は弾んだ。異世界民泊旅行の話で。
◆
「ああ、本当に上手くいったな。伸介に感謝せねば。また行くことがあれば手紙を受け取り、届ける役目も頂いた。少しずつだが、前に進もう」
カミルは希望を胸に抱き、グラノラ氏族の里を後にする。一方ミリアルは――。
「やだ……え、好きだっていうの? もう、それならもっと早く言いなさいよ……。他人任せに伝えるとか、もう、ほんと分かってない!」
彼女は床に這いつくばり、足をジタバタと動かしている。怒っている風を装っているが、如実に口角が上がっている。彼女は彼からの手紙を読みながら、乙女の世界に浸っていた。一方――伸介であるが。
「いやあ、カミルの情熱に負けて手紙なんて書いてみたけど、正直よくわかんねえんだよなあ」
伸介はカミルを見送った後、一人縁台で夕陽を眺めながらつぶやく。
彼にとってエリアルはまだちょっと気になる程度の存在であり、別にそこまで好き、というわけでもない。だが、好きか嫌いかと言われたら間違いなく好きに分類される。どっちかというと、カミルの勢いで「好き」だと断言されてしまったために逆に意識してしまう結果になっていた。えてして、こういうことから恋は始まるのかもしれない。
彼は真っ白な手紙に、丁寧な謝罪と、今の気持ちを綴った。
『――あの時は申し訳ありません。カミルには一応私から、こちらの食パンを持たせてありますが、もしそれが間に合い、受け取って頂けたら,嬉しく思います。もし賞味期限が過ぎ受け取れなかったら、この手紙のことは忘れて下さい。仮に――今受け取られているのだとしたら――』
運命かもしれないな。
「くっせえ台詞……」
彼は自分の書いた文章を思い返すと背筋がむずがゆくなったのだった。小説家のくせに。
今日は前に書いたビストロに妻と飯食ってきました。妻の誕生日なので。
というわけで知ってる人は知っているし知らない人はしらないと思いますけど妻の作品の宣伝。
『なでしこドレミソラ』という和楽器女子高生バンド物の漫画がいまライン漫画で毎日無料更新で読めますので是非ご覧ください。作品名で検索すればすぐ出てきますのでよろしくお願いいたします。




