逆襲のミリアル~食前の準備(ラブコメ)~
「はぁ――うぅ……はぁ……」
思わず漏れる吐息に自分でも驚き、ミリアルは目を覚ます。
初めて食べた味――、今まで肉など口にしたことはなかった。しかし初めて食べたその味は――鮮烈で、とろけるほど美味しかった。
そう、異世界で彼女はとある男にしてやられた。最初は物見遊山、どうせ大したことなどないだろう、そんな風に高を括っていたのだ。
しかし、行ってみて彼女の舌は見事に撃沈させられたのだ、一人の男に。
彼女のプライドはズタズタだった。今までどんな我儘もすべて通してきた彼女にとって、それは屈辱だったと言っていい。食べた直後はあまりのうまさに素直に答えてしまった(彼女的には)ことも今は後悔していた。あんな男に名を伝えるほどのことがあったのかと、今は懐疑的な気持ちで一杯だった。
ミリアルの故郷、エルフの里シルフェニアは規模は500人を超える、少子化のエルフにとってはかなり大きな集落である。8つの氏族で構成されるこの地区での発言力は上から数えて2番目だ。彼女はその里の巫女として――風魔法と星読みを駆使し、気に入らない者の弱みを握り、君臨してきたのだ。
「絶対、許してやるもんですか」
彼女はいま、いつになく猛っている。夢魔に探らせた異世界の味――そこまでして彼の『未知の味』を探ろうとしたのだ。
彼女は考えた。あの男自体は大したことはない。(実際大したことはない)私の舌を屈服させたのは単に知識的なもの――経験不足からだ。(その通りである)
彼の舌は案外幼稚だ。刺激的な物を好み、ジャンクな菓子を好む、子供のような舌なのだ。単に沢山私より食べているだけの、偏ったダメ男なのだ。(異議なし)
だからこそ、彼の知らない味をぶつける必要があると考えた。彼が常日頃好む、安く、美味く、刺激的なもの――その正反対をぶつければ彼も驚きにまみれるに違いない。そのために幾人か店のリサーチの為に異世界民泊に送り込んだし、夢魔に情報も収集させた。すべては彼の傾向を知り、彼が行ったことのない、かつ驚きを与えられる店を見つけるためでもあった。
「――見つけたわ」
彼女は一つの店に目を付けた。予約が数か月前から必要であるため、事前に別の者にもう予約して貰ってあった。
――時は秋。もうそろそろ出会ってから相当な時間が経っている。それでも彼女は諦めなかった。己を一度だけ屈服させた男に復讐を果たすために。それが――とっても幼稚な動機だとも気付かずに。
それだけでは――不足ね。そう、出来ることなら――もっとダメージの残る方法であいつを懲らしめたいと彼女は思った。そのために彼女は一つの魔道具に手を出した。
『異相の仮面』
ようするに、使用者の顔を変えてしまう、変装道具である。
◆
「ふふん、お久しぶりね! 豚……じゃない。えっと、なんて素敵なところなのかしら、風がそよぎ――小鳥が歌い――来れて嬉しいわ」
思わず素が出そうになり、しまったと彼女は言いなおす。
「ごほっ……んじゃお疲れ様です。後はごゆっくり……」
「え?」
目の前の男――藤間伸介は異世界の門を通って出てきた私の顔を一瞥しただけでそそくさと帰ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ちなさ……いえ、お待ちくださいませ!」
「え? いや、用事は終わりましたよね? 帰ります……」
伸介は青い顔をして帰ろうとする。
「え、あの、体調が悪い……のですか?」
「ごほっ……そうですよ、だから帰って寝ます……」
不味い。このままじゃ彼は帰ってしまうと彼女は焦る。明日予約の店に誘わなければならないし、もしかすると体調が悪いからと誘い事態を断られる可能性があった。それはとても不味い。何か月も掛けて準備したのに、そんなことでご破算とは笑えない。
「私はミリア……じゃない、エリアル……エルフの風の巫女、癒しの風でその病を払って差し上げましょう」
そう言って魔術を発動しようとして、彼女は己の過ちに気が付いた。
――ああ! 異相の仮面付けてると魔術が使えないじゃない!
異相の仮面は変身するために己の魔力を使用し続けるのだ。その状態では他の魔術は使えないようになっている。
外せば使えるのだが、正体が当然バレてしまう。この場では無理だ。
「……いえ、お手間でしょうから、結構ですよ。家で寝てれば治りますから」
焦りを悟られたのか、単に面倒くさいだけなのかわからないが、伸介はそう断り玄関から出ていこうとする。
「お、お待ちなさい! か、仮にも私、癒やし手の端くれです。病気の方を放って帰らせるわけには参りません! ほら、寝な……いえ、横になって下さいませ」
「へ? いや、えーと……」
戸惑う伸介の手をミリアルは取る。
「魔術はお嫌だと言うのでしたら、私が看病いたしますので、さあ、ごゆっくり」
そう言って無理やり手を引いて彼を居間に連れ込み、彼女は伸介に布団を敷いた。
「いや……悪いっすよ……はぁ」
しかし、言葉とは裏腹に彼は立ち去らなかった。
「きゃ!」
そのまま彼は、ミリアルに覆いかぶさるように布団に埋まったのだ。
「な、何を、無礼者! ……」
人生で初めて、彼女は大人の異性に抱き留められた。
熱い。焼けるように熱い。そうか、熱で――と彼女は想う。
彼女は早くなる鼓動を抑えるように呼吸を整える。
――すぅ――はぁ――。
ドクン、ドクン。
二人の呼吸音と、心音が重なる。彼女は目を瞑り、恥ずかしさを堪えるように彼の額から頬へと手を這わす。彼女の冷たい手が、彼の熱を奪い取り、少しだけ――熱が下がったように思われた時――。
「……しん、すけ?」
「――すぅ」
藤間伸介は意識を手放した。
ミリアルはどうすることも出来なかった。ただ、時間が過ぎるのを待つことしかできなかった。怒って撥ね付けることも出来たけれど、出来なかった。
すごく――恥ずかしかったからである。
飯は次回以降で。今回はラブ米しかないよ!
明日は打合せがあるので更新できないと思います。月曜にまた更新再開予定で。
ちなみに登場予定の飯、めちゃんこ高いです。物語の都合上、経験ある中で一番高い店をチョイスしてありますのでお勧めはしません。美味しいですけどね、普段使い出来ないですわ。




