逆襲のミリアル~甦れ鉄の料理人~
今回の店、店自体が移転していますが、作者が食べた当時は移転前なので移転前の描写になっています。表現上のものなのでご容赦下さい。
腹減ったなあ――。
久々にやってしまった、と思う。風邪をひくなんていつ以来だろう?
飯も食わないで寝た――というか飯が食えないくらい疲弊してるから寝た――というべきか。
今俺の身体は闇中でふわふわと何かに包まれたように浮かんでいる。
おや?
そんなことを思っていたら、目の前に肉まんが二つ現れた。いや、肉まんのようだが中身はもしかしたらあんまんかもしれない。兎も角点心的な何かだとは思う。
『食べますか?』
メッセージバーが突然俺の目の前に現れる。
「え、食べる以外あんのか?」
むしろ食べる一択だろ? 俺、飯を食いたいときに食わないのは犯罪行為だと思っているのだが。しかも夢の中だからだろうか喉の痛みもない。実際に腹は膨れないだろうが食欲は一瞬だが満たせる。
当然とばかりに俺はそれを、むんず、と掴む。
ふにょ。
おや、随分と柔い。もしかして小籠包的なもので中に汁でも入っているタイプだろうか?
『本当に、食べますか?』
またうるさく目の前にメッセージバーが出てきて食事の邪魔をする。
「うるせえな、食うに決まってんだろ?」
『後悔しませんか?』
「食い物食べて後悔したことなんて――」
あーあったな。生もの食ってノロになったやつ。あれはもう二度とやりたくない。でもこれはどう見ても温かい食い物で、問題ないようにしか思えない。
ぱくっ。
俺はカーズ様の様に考えるのを止めた。
シルクタッチの様な舌触り――直後、違和感を覚える。――味がない?
ううん? と思いもう一口。舌で念のために舐めまわしてみるが味がない。ただ、匂いはいい。わからんな~。
と思っていると――。
ばちこーん!
「ふぐっ!?」
肉まん?がなんと顔にぶち当たり反撃してきた。あまりの衝撃に闇が晴れ――光が差し――。
◆
後悔していた。勿論、食べたことに。
「本当に、申し訳ない」
畳に頭を擦り付け俺は土下座する。何を食べたかはご想像にお任せする、それは明らかに悪手だった。
不可抗力、体調不良による高熱、色々原因はあると反論は考えられる。しかし、布団の上で目に涙をため、それを必死でこらえながら体育座りの姿勢で時折『もう、お嫁にいけない』などと呟いている女性を前にしてそれをすることは憚られた。ちなみに体調はなぜだかわからないがすっかりよくなっていた。
「ご、ごめんなさい」
エルフの女性――エリアルさんはこちらを睨むが、すぐに顔を真っ赤にして体育座りに戻ってしまい、また何事かブツブツ言っている。
「申し訳ない。私に出来る償いがあるのでしたら、何でもお申し付け下さい……。罰を受けろと言うのでしたらそれでも……」
エリアルさんは黙っている。罪を許せるのは被害者だけだ。加害者は座して待つことしかできない。エリアルさんは涙を溜めて真っ赤になった瞳をこちらに改めて向けた。そして――その口を開いた。
「――責任取って頂戴」
◆
夕焼けの中――東京メトロ湯島駅を出て二人は無言で歩く。姿を現した趣き深い、看板もない建物。そこから漏れる優しいオレンジの光。その中の個室に案内された二人は向かい合い、運ばれてくる料理をただ、待っていた。
――どうやってここに誘うか悩んでいたけど、責任取って貰ってここに無理やり連れてこれた……のはよかったけど。
彼女はその代償に、自身の××が色々弄ばれたことに関して、絶対釣り合っていないと憤ってはいた。というか、顔から火が出るほど恥ずかしかった。男性に抱き留められたことも初めてなら、×××されたことなんて当然ないのだ。
正直もう女のプライドはズタズタだったのだが、それでも――と勇気を振り絞ってここに誘った。顔もまともに見れない。この私が――何たること、。
――どうってことないわ――あんなことぐらい。そう己に言い聞かせようとすればするほど顔が熱るのを彼女は自覚する。
――全部、この男のせいよ!
キッと睨みつけたつもりだった彼女だが、どうしても彼の顔をまともに見ると乙女のように俯いてしまう。それが――色々な勘違いの元になるのだが、ともかく晩餐は始まったのだった。
「――ううん……」
彼女は困惑していた。それは――美味しいのかどうか、最初、自分の舌で判別できなかったからだ。
美味い――とは思うのだ。
例えばこの、何か香ばしい匂いのする豆腐――と呼ばれる代物だ。焼いてあるのは焦げ目でわかる。表面が固まり、練習した箸で割ってみると中からはとろん、とした中身が零れ落ちる。口に入れてみるとしょうゆ――というこの地独特の風味と、そのあとに鮮烈な辛味が舌をピリリッと刺激する。
「山わさび、大丈夫ですか?」
そう伸介に言われ彼女はそれが辛味の調味料だということを知る。
「え、ええ……びっくりしましたけど」
慣れてしまえばとろみと、辛味と、表面のカリッが合わさりとても美味しい気がしてきた。
うん――これは大丈夫ね。
それからも料理は色々運ばれてきた。困惑したその2はお造りだ。生で魚を食べるという文化は彼女の中にない。しかも――。
ねとぉ。
「!?」
見た目以上にやたらねっとりしたマグロ――と呼ばれる刺身があった。
「それは熟成させてあります。仕入れてから暫く置いたものです」
手慣れた様子でこの料理を運んできた店員がそう説明する。
「ああなるほど、翔太の寿司で見たことあるなあ」
「……何の話かしら?」
「ああいえ、魚も取った直後よりも日を置いた方が美味しくなる、という話ですよ。取った直後は新鮮で、爽やかな美味しさがあるんですが、それは魚も生物でして……その、生き物は死ぬと分解が進んで、上手く腐敗させないでおけば美味しさの要素が増す――というか」
俄かには理解できないでいると、伸介がさらに補足する。
「えーと、ぶどうを、干しぶどうにするような感覚、分かりますか?」
「え、ええ、わかるわ」
なるほど、だからこの刺身と呼ばれる代物は味が濃いのか。しかし、元の味がわからない。生食したことがないものの元の味との比較なんて出来るはずがないのだ。
美味い――のだろうけど。
これはまったく門外漢だ、と彼女は思う。苦手意識以前の問題だった。基準となる味がわからないからだ。しかし、チラと伸介の様子を伺うと、彼は旨そうにそれを平らげている。それを見て彼女は胸をなでおろした。
――彼が気に入ったのなら、いいわ。
彼女は不安だった。せっかくリサーチの末連れてきたのに、駄目だったらどうしよう? ずっとそればかりが気になっていた。美味いか不味いかの差が自分の中でちゃんと判定できないからそれは更に増大していった。だが、次の料理で彼女の不安は吹き飛んだ。
滅茶苦茶に、美味しかったからである。
松茸と鱧の土瓶蒸し――。そう呼ばれる料理は、席に運ばれてくる前から、妖艶な香気を放って彼女の前に現れた。
運ばれてくるなり、美味いものに対する本能が働いたのか伸介の顔色も変わる。
土瓶の口から漏れる、かつて嗅いだことのない芳香、それが良いものだということは分かる――でも形容する言葉が見当たらない。
「――注ぎます」
そう言って伸介は一口サイズの小皿に中身を注いで彼女の前に差し出した。
黄金色の液体から沸き立つ香気は彼女の身体に怪しく纏わりつく。
零さないように震える手でそれをゆっくりと口に運ぶ。
――!
瞬間、彼女の口内に香りが弾けた。
味の濃い汁が喉を通り抜ける際にすべての旨味が凝縮された香気が鼻へ抜ける。
「出汁が強いですね――でもうまい」
そう言って伸介は目を閉じて口をニヤニヤと動かしている。きっと、堪能しているのだろう。
「あの――これは」
「松茸は香りの強いキノコです。とても良い香りだとされています。それに鱧という――まあ白身の魚の一種ですが、それに出汁を加えて蒸したのがこの料理ですね。いやあ――美味いな」
そういって彼はもう一口啜り、今まで見たことのないような満足そうな笑みを浮かべる。
「国産松茸の強い香り、それを受け止める濃いだし汁、そして鱧の脂――全部が合わさって――」
そこまで言い掛けて、伸介は土瓶の蓋を開ける。
「すだち、絞ってもいいですか?」
「え、ええ」
そして横に添えてあったすだちを中に一絞りし、それを再びお互いの皿に注いだ。
「ふうぁ――……」
彼女はそれを啜り一言だけ声を漏らした後、暫く口がきけなかった。人は真に美味しいものを食べると黙るという。それがまさに、二人に訪れていた。
強い風味と、上品な脂、それにすだちの鮮烈な酸味とかおりが加わったそれは、まさに深淵につながると思える味だった。
――これで、満足しない人間なんていないわ。
彼女は勝利を確信していた。あまりにも美味い。他の料理の中にはいまいち評価の出来ないものもあったが、これだけでお釣りがくると彼女は確信する。それを証明するかのように目の前の男は恍惚の表情で皿から口を離さなかった。
その後も料理は運ばれ続けた。いい加減、量が多すぎやしないか? と彼女は満腹で膨れ上がったそれを見てため息をついた。美味しい、しかし、食べきれない。
「あの、後は包んで頂けますか?」
その様子を見かねたのか伸介が助け舟を出した。最後のおこわを弁当箱に詰めて持ち帰りにして貰った。
「美味しいものも、空腹でないと分かりませんから」
そう言って彼は朗らかに笑う。彼女は満足していた、彼の笑顔に。後は自分の正体を明かすだけである。
『どう? 異世界の民でもこちらの美味いものはわかりましてよ? 貴方は知らなかったでしょう? こちらに住んでいるというのに』
そう誇示すれば己のプライドは守られるはずだった。しかし――。
「とても美味しかったです。だから、明日は僕がご馳走しますよ。」
「――え?」
「悪いじゃないですか。こんな一人三万円もする高級料亭みたいな……ですから、僕の超一押しで、大満足できる店を紹介したいなと」
「い、いいわよ別に。それにあなたそんなお金あるんですの? わ、私は別に高貴な身分ですから、お金なんて気にしはしませんし――」
「ああ、大丈夫ですよ。こんな高くて美味しいもの奢って貰ってお返しするような金額の場所じゃないですからちょっと気後れはしますが――」
次の言葉に彼女は信じられないものを見るような目で彼を睨んだ。
「同じような満足を得られると思いますよ? しかも価格は1000円台で」
まあ、どの店か検索すれば一発でしょう(笑)
美味しかったですが、二度目に行く機会がないです。(予約しても子供連れで行く場所でもないので)
というわけで次が本命の店です。こっちも予約必須ですがそんなに予約取れないわけでもないです。一週間前なら余裕でしょうか。(当日も取れないこともないです。時間帯は13時半以降とかになってしまうと思いますが)




