少しずつ受け止める
市場から戻った結と羽那を、庭で澄子が迎えた。
「ただ今戻りました」
と、いつもの姿に戻った羽那が言った。
「結、初めての市場はどうでした?」
「あ、あの…いろいろ混乱してまして……少しだけ違う次元や式神のようなって…話を聞いて…」
結の顔は、強張って見えた。
「少し休憩なさい」
買った物の片づけを手伝おうと思っていたが、澄子の言葉に甘えて結は寝室で少し横になることにした。
「結さん、入ります」
羽那が冷たいお茶を持って来てくれた。
ベッド脇のテーブルにコースターを置き、アイスティーのグラスを乗せてくれた。
「甘くしてあります」
気を遣ってくれた羽那に
「買った物の片づけで忙しいのに、ごめんなさい」
結は恐縮した。
「お気になさらずに。買った品のほとんどは私の食料ですから。ゆっくりなさってください」
と言って、羽那は部屋を出ていった。
ゴクリと結がアイスティーを飲んでいると、澄子が車椅子を動かして部屋に入って来た。
結はグラスをコースターに置いて、お役に立てなくてすみませんと謝った。
「澄子さん、私、羽那さんの買い物の手伝いをしたかったのに、こんなで情けないです」
「こちらこそ嘘をつきました。あなたをここに連れて来た時、羽那は引きずって運んだと言いましたが、実際は今日のように羽那の大きな足の甲に乗せて運びました。結、疲れたでしょう。横になって構いませんよ」
「いえ、大丈夫です」
結は、正面に来て車椅子をロックした澄子を見つめる。
澄子もこちらを瞬きせずに見ていた。
何だか、にらめっこでもしているような時間が流れた。
そして、パチッと澄子が瞬きをひとつすると口を開いた。
「何から話しましょうか。まず、黒いフード付きマントの話をしましょう。あのマントにはちょっとした仕掛けがあって、ざっくり言うとあれに身を包まるようにしてフードを深く被ると姿が見えなくなります。それは、おそらく羽那も話したと思いますが、今私たちがいるこの世界と少しだけ違うところに存在するということです。わかりやすく説明するとしたら、パラレルワールドのようなものとでも言いましょうか。まあ、深く考えずに、あのマントで身を包めばこの世界の全てに気づかれずにいられると思ってください。それから、羽那について知ってもらいましょう。彼女は私の執事でありボディーガードといったところでしょうか。そして相談相手であり、私にとって大切な仲間です。もう、わかったと思いますが彼女は普通の人間ではありません。私に忠誠を誓ってくれた妖獣です」
「羽那さんは、自分は陰陽師の話に出てくる式神のようなものだと言っていました」
結が羽那の言葉を伝えると、澄子は微笑みながら頷いた。
「なるほど。式神は安倍晴明の命に従ったり身の回りの世話をしたりした鬼神と言われているので、確かに羽那と似ていますね。羽那の親をはじめ彼女の先祖は代々私に仕えてくれました。私はとても感謝しています。ですが、私に仕えるのも彼女で最後になるでしょう。その後は結、あなたに仕えることになります」
「羽那さんが私に仕える?とんでもありません。私は、私を助けてくれた羽那さんにいろいろ教えてもらいながらお手伝いをするつもりです」
「今はそれで構いませんよ。私が言いたいのは、私の命が尽きた後の話です」
「澄子さんがもっともっと長生きする方法はないのですか。正直、今も澄子さんの命が尽きるという話が信じられないです。私は羽那さんに助けられてから少しずつ、ここでお世話になる前のことを思い出し、今までの私は偽りの愛情の中で育てられていたことを知りました。まだ短い時間ですが、ここで面倒を見てもらって澄子さんと羽那さんと三人で過ごしていると、こう、胸の中が温かくなるのを感じるんです。デイン地区でもみんな優しい言葉をかけてくれましたが、その時はなぜか胸の中で何かが気をつけろって警告を発していたんです」
結の目は真剣だった。
「そうですか。あなたが、私と羽那を好いてくれて嬉しいわ。結、ありがとう。私も出来るだけあなたと長い時間を共有したいわ」
澄子は、まるで孫を見るような優しい視線を送った。




