夜が更けるまで
澄子の元で、結は平和で充実した日々を過ごしていた。
朝目覚めると、澄子と向かい合って朝食を取る。午前中は羽那を手伝い掃除や洗い物をして、正午になると澄子と昼食を食べ、午後は澄子のこれまでの武勇伝を聞かせてもらった。夕刻、澄子が羽那に手伝ってもらいながら入浴をする。その後、結も風呂に入った後、澄子と夕食の時間を過ごす毎日だった。
澄子の就寝は早く、午後八時には眠りについた。
結はさすがにまだ眠くないので夜が更けるまで、今度は食器の片づけを終えた羽那とお茶を飲みながら話をした。
羽那は彼女の親の後を継いで三十年程前から澄子に仕えているのだと言っていた。
「羽那さんのご両親はお元気なんですか?」
結の問いに、羽那は少しの間黙っていた。何か考えているように見えたのだった。
「私、聞いてはいけない質問をしてしまったのでしょうか」
結が申し訳なさそうに俯く。
「いいえ。そんなことはありません。ただ、私の話を聞いて怯えないでください」
羽那は断りを入れてから話を始めた。
「私たちの平均的な寿命は百年程で、寿命が尽きるその時までとても元気です。そして突然死を迎えます。そのタイミングは本人と跡継ぎとなる子どもだけがわかるのです。ですから、その時は…半日程こちらを離れて私も親の傍に行きました。そして……親の亡骸を食します」
さらりと話した羽那の言葉に、結が固まった。
「怖がらないでください。私の種はそういうものなのです。もちろん、どんなに飢えても結さんを食べたりはしませんよ。意味合いは違いますが、カマキリや蜘蛛の雌が交尾の後に雄を食べるのと同じようなものです。そのために親は命が尽きるぎりぎりまで、若々しい体躯をしていて私はその栄養をありがたく頂戴するのです。それは、新生児が母乳を飲んで免疫力をつけるのと同じで、私も親からの免疫機能を受け継ぎます」
目の前の、上品な所作でお茶を飲んでいる初老の女性が発する話とは思えない内容だったが、それも有りかと結は思った。種族が違えば生き方も慣習も自分とは違うのだ。
「そうなんですね」
結は羽那の目をしっかり見ると、理解しましたという気持ちを込めて返事をした。
「私は不器用ですが、少しでも羽那さんのお手伝いが出来たらと思っています。どうか、ご指導ください」
「結さん、ありがとうございます。でしたら、どうぞ澄子さまの傍に寄り添っていてください。あなたは澄子さまの……」
と言ったきり羽那は口をつぐんだ。
「私は澄子さんの、何なのでしょう」
結が問うと、羽那は目を閉じて首を横に振った。
「ごめんなさい。私がお話する訳にはまいりません。きっと時期が来たら澄子さまが仰ると思います。私が結さんにお伝え出来るのは、澄子さまは結さんを大切に思っているということです」
とだけ羽那は言った。
「あの、こんなことを聞くのは失礼かも知れませんが、羽那さんは独身ですか?」
彼女は、この家に住み込みで三十年も仕えていると言っていたから、家庭を持っているように結は思えなかったのだ。しかし、彼女の両親や先祖は澄子さんに仕えながら家庭を持っていたのだろうから、もしかしたら羽那にも配偶者がいるのかも知れない。
「私は独り身です。そしてひとりっ子で身内は誰もいません。ですから、私の代で私の家系は終わります。私の使命は澄子さまをお守りして、その後は結さん、あなたをお守りします」
羽那は静かに言った。
結は、羽那の『その後』と言う言葉が引っかかった。
『その後』とはおそらく澄子の言葉で言うところの、澄子が生命活動を終えた後のことだろう。
そのことを結は考えたくなかった。




