革の巾着袋
しばらくの間、澄子と結と羽那はのんびりゆったりとした日々を過ごしていた。
澄子は特に変わりなく、命の期限が迫っている気配も感じられず健やかな毎日を送っているように見えた。
結は週に一度のペースで羽那と一緒に買い物に出かけた。
毎回たっぷりな肉の塊と澄子のお気に入りの茶葉をはじめ、様々な食材や日用品を買い込んだ。
結は羽那と買い物に行く以外は家の中の雑用を手伝い、それが終わると紅茶を飲みながら澄子の面白い四方山話を聞いて、驚いたり笑ったりして夕食まで過ごした。
そしてある時から、澄子は細くしなやかな革紐で何かを編み始めた。結に様々な過去の武勇伝を話しながらも、小さな両手を器用に動かして革紐を編んでいた。
「何を作っているのですか?」
結が聞くと
「そうですね……私の服のようなものです」
と澄子は答えたが、編み込みが進むとそれはどう見ても小さな袋のように見えた。
「出来たわ」
澄子は、編み上がった編み目の細かい革の袋を満足気に擦った。
「巾着袋ですか」
結が覗き込む。
「そうです。これをよく揉み込んで柔らかくしなやかな袋にします。完成したら結に渡すので肌身離さず持っていてちょうだいね」
澄子は小さな手でしばらくの間、袋を鞣すように触り続けた。
そして
「結、受け取って」
そのメッシュの革巾着を結に手渡した。
「澄子さん、私が受け取っていいのですか?前にこれは澄子さんの服のようなものと言っていました」
一瞬、結は受け取るのを躊躇した。
「そうよ。私の服のようなもので、結のお守りのようなものです」
「私のお守り…ですか」
「ええ。きっとその袋はやがてあなたを守ることになると思います。そして…私の思いがその中に収まる、と考えてください」
と言いながら、澄子は結の手に袋を握らせた。
「はい。それでは、頂戴します」
澄子が革紐を編みながら、きっと私の身を案じて私への贈ってくれたお守りなのだと受けとめて、結はその袋を首にぶら下げた。
それを見て、澄子は頷きながら微笑んだ。
「これで準備は整ったわね。いつ、その時が来ても大丈夫だわ」
「その時って何ですか」
嫌な予感を感じながら結が聞いた。
「私をあなたに託す時って意味よ」
天気の話でもするように澄子は答えた。
「それって、澄子さんが生命活動を終える時ってことですよね!」
結は不安な気持ちが高ぶって語気が強くなった。
「結、落ち着いて。私の生命活動が終わったら、私をあなたに託すの。それは私があなたの傍にずっといるってことよ」
「そう言われても、やっぱり受け入れられません。澄子さん、今からでも、まだまだ長く生きる方法を考えましょうよ。私は澄子さんのその姿や涼やかな声が大好きです。そんなあなたの姿がなくなり、声が聞けなくなるなんて辛いです。何よりも澄子さんの存在がなくなるのは耐えがたいです」
「結、ありがとう」
澄子は静かに言って結を見つめた。。
その後はいつもと変わりなく日々が過ぎていった。
ある朝、その時は突然やって来た。
「結さん起きて」
羽那がいつもより急かすように結を起こした。
「急いで着替えてください」
結はまだ完全に目覚めていない頭と体を働かせて作務衣を着た。
「羽那さん、どうした……の…」
天蓋付きの澄子ベッドの傍に立つ羽那を見て、ただならぬ気配を感じた結だった。




