澄子の寝室で
薄暗い中、結は緊張で体を硬くしながら天蓋を見ていた。
「リラックスして、結」
澄子が体をこちらに向ける。
足が不自由でも寝返りは打てるようだ。
「私、歩くことも出来るのよ」
やはり結の思っていることがわかるのか、澄子はクスッと笑いながら言った。そして続ける。
「私が車椅子に乗ってあまり体を動かさないのは、体力を温存しているからよ。普通、運動をしないと筋肉が落ちて動けなくなるけど、私は特殊なの。10歳ほどの見た目でいるのも生命維持力を温存するためです。人間は骨格とその上を覆う筋肉と脂肪が形を造り、更にその上を皮膚が纏い、体中を巡る血液が肌の色を整えているでしょう。その血液が健康であるために五臓六腑が働いてくれている。そしてそれらは脳からの指示で動いているのよね」
澄子の話を聞いて、彼女は何が言いたいのだろうかと結の頭の中は疑問符がチラついていた。
そんな結を見つめたまま澄子は話を続けた。
「何を言ってるんだろうって思ってるんでしょうね。私は、私の脳で自分の身体をコントロールして存在しているのです。もちろん脳を持っている生物は皆、脳からの指令を神経を通して動かし生きていますが、私の言うコントロールとはそれとは違うのです。長いこと私は頑張ってきたのですよ。でもそろそろ限界が来たようです」
結はこの後、澄子が言おうとしていることを何だか聞きたくないと思った。が、
「限界って、どういうことですか?」
思わず聞いてしまった。
澄子は優しい視線を送りながら口を開いた。
「結を見つけ出せて良かった。これで、私をあなたに託せる」
「私は……偶然、羽那さんに助けられたのではないってことですか」
「ええ。タイミング良く助けられてほっとしました。私は結、あなたをずっと探していました。もう一度言いますが、これで私をあなたに託せます」
結は何と言っていいのかわからず黙っていた。
少しの間静かな時間が過ぎていったが澄子が話を続ける。
「その時がいつ訪れるのかはわかりません。この後すぐかも知れないし、一年後、五年後になるかも知れませんが、私の生命活動が終わった時には結、後の事をお願いします」
「何を言うんですか。澄子さんが何を託そうと思っているのかわかりませんが、私に託されても私には何も出来ないし、澄子さんが健康に気をつけて長生きすればいいことではないですか」
「そう出来れば素晴らしいけれど……。あなたを私の話し相手として迎えてこの先もずっと過ごしていければいいのだけれどね。でもこの世はそう都合良くいかないの」
澄子はため息交じりに言った。
今こうして、結と話が出来て良かったと澄子は微かに笑顔を見せた。
結は、モヤモヤした気持ちを抱えながら、そろそろ自分のベッドに戻ろうと思ったが疲労が溜まっていたのか体が動かず、寝心地の良いこのベッドに全身が沈んでいく気がした。そして、そのまま瞼を閉じてしまった。
夢を見た。
いや、これは夢なのだろうか。
結はほぼ衣服を剥ぎ取られた状態で逃げていた。
そして、その様子を俯瞰で見ているのも結だった。
17歳の誕生日、結は今までより盛大にみんなから祝福された。
テーブルには手作りケーキや塊肉の料理の他、色合い鮮やかなご馳走や様々な飲み物が並んでいた。
その地域はデイン地区と呼ばれ、そこの住人以外からは危険な場所と認識されていて、近寄る者のいないところだった。
だがそこで生まれたと聞かされていた結にとって、身寄りのない自分を赤ん坊の頃からみんなで協力して育ててくれた温かい場所だと思っていた。
その日、結を祝福してみんな盛り上がり、飲めや歌えの盛り上がりのうちに、結本人はいつの間にか眠ってしまったようだった。
気がつくと手足を縛られて身動きが取れなかった。
なぜ拘束されたのだ?何が起きたというのだ?
結はパニックになった。
俯瞰で見ている結は、そこから逃げて!と叫ぼうとしたが声が出ない。
そもそも手足の自由を奪われて自力で逃げるのは無理だった。
そこへ男がやって来た。小さい頃から一緒に遊んでいた同い年の男だった。彼は結を縛っていた縄を解き自由にしてくれた。お礼を言おう男の顔を見ると口の縁からよだれを垂らしている。えっと驚く間もなく男が襲いかかってきた。必死に抵抗する。なぜ、なぜなの!と恐怖で出せなくなっていた声をそれでも必死に振り絞って小さく発した。幼馴染みのその男が言った。
「おまえは贄だ。そのためにこの歳まで育てられたのだ。元々おまえはデイン地区の人間ではない。おまえの両親は我々が殺したと、俺は親父から聞かされていたよ。そして赤子のおまえを奪ったとね。この日のために、おまえはみんなから大事に育てられたのさ。その分、俺は親から大した愛情も受けず育ったんだ。だからおまえのことが嫌いだった。大人たちはこの後、処女のおまえを生贄として寺の祭壇に捧げるんだってさ。俺はその前に、おまえと俺の両親をはじめ大人たちに復讐をする。おまえの処女を奪い、贄の条件をなくしてやる」
そう言いながら男は結の服を剥いだ。
俯瞰で見ている結は、逃げて!と声を上げたところで見ていた場面が消えた。自分の上げた声でハッと目を覚ましたのだった。
「結、大丈夫ですか」
隣から涼やかで清らかな声がした。
「すみません。私、大きな声を上げていましたよね」
結は力が入ったままの体を少しずつ脱力させながら、隣で横になっているこの家の主に謝罪した。
「そんなことは気にしなくていいのです。でも、結が暮らしていたあの場所で何があったのか思い出したのですね」
優しい澄子の声が結の気持ちを落ち着かせた。
そうだったんだ。あそこの人々は自分を深い愛情で育ててくれたのではなく、いい贄になるように自分を飼育していたのだ。結は、親を殺されたことや自分がずっと騙されていたことなどが頭の中でぐるぐる回り、涙が溢れた。
「結、こっちを向いて」
澄子に言われた通りにすると小さな体が結を抱き寄せ、その小さな胸に顔を埋めて結は号泣した。




