ジュリエン
今日も羽那に運んでもらい、結と澄子はデイン地区の入口に立った。ここに来る度に、結界の境界は奥に奥に移動している。すでにここを牛耳っている輩はこの状態をわかっているだろう。それなのに大きな罠や攻撃を仕掛けてこない。傍観して何を考えているのだろうか。おそらく、こちらの様子を確認しているのだろう。
マントとフードで全身を隠すと、結は結界の中に入った。
周りの気配を窺いながら少しずつ動き進む。
突然、人の姿の魔物が現れた。ふくよかな体におっとりとした顔立ち。
あれは……
結の足が止まった。
シャリーン
──どうしました。あの者は知った顔なのですか。
「私の育ての親……ジュリエンです」
結が頭の中で澄子に伝える。
シャリーン
──この者は手強い。相当なスキルを持っているようですね。結、そっと通り過ぎましょう。
澄子は、スルーして先に進むように指示をした。
その時、
「そこにいるんでしょう」
ジュリエンが結に向かって声をかけた。
こちらを向いているということは、結がどこに立っているのかわかっているということだ。
シャリーン
──結、絶対にマントとフードを取らないで。
「わかっています。澄子さん、彼女はジュリエンという名で私の…乳母でした」
シャリーン
──そうですか。しかし、油断しないで。
「はい」
結はそっとその場を移動しようと一歩踏み出した。
「キャスン!」
その呼び名に結の足が止まる。
「あなたがいるのはわかっています。生きていたんですね。良かった。キャスン、このままここを去りなさい。この先は進めません。進んだら……あなたを殺さなければなりません」
ジュリエンが言い終わると同時に、結はフードを取った。
シャリーン
──結、ダメです!フードを被りなさい!
澄子の言葉が終わらないうちに風を切る音がして、結の目の脇で何かがキラリと光った。と、同時にガチンと鳴って光ったものが地面に落ちた。鋭い小刀だった。それと転がる石。
結は急いでフードを被った。
「キャスン、そこから先には進めません。今、私が石を投げなければ、あなたはそのナイフで命を落としていましたよ」
ジュリエンが静かに諭す。
「いいですね。警告しましたよ。私は乳母として、あなたには生きていて欲しいのです。もし私の言葉を無視した時は、容赦なくあなたを殺します」
シャリーン
──結、帰りましょう。
「はい」
結は、澄子の言葉に従った。
結の気配を感じなくなったジュリエンは、小さくため息を吐いた。
「おい、なぜ、あの娘を助けた」
物陰から小刀を投げた痩せっぽちの男が姿を現した。
「条件反射かしら。昔から、あの子の危機を回避させていたから、思わず動いてしまったわ」
ジュリエンが笑いながら言った。
「ふざけるな!」
痩せた男がジュリエンに殴りかかる。見かけによらず、それを素早く除けたジュリエンの人さし指がにゅるりと伸びた途端、痩せた男の首を締め上げた。
男の表面が剥がれ落ち、中から現れたぐにゃりとした体が嫌な匂いを立てながらジュワジュワと溶けて地面に吸い込まれていった。
結界の外まで戻った結は羽那に抱きつくように倒れ込んだ。
「結さま」
羽那がしっかり受けとめる。
シャリーン
──羽那、帰りましょう。
「承知しました」
澄子の言葉に従い、羽那は結を乗せて高く飛び上がった。




