アリスン
「澄子さま、結さま、お気をつけて」
デイン地区の結界のすぐ外で羽那が声をかけ、結は頷くとマントとフードで体を隠し、結界の中へ足を踏み入れた。
今日も少しずつ外堀を埋めるように、結界の範囲を徐々に内側へ縮めていこうと考えた。
まずは魔物を倒してその家を消滅させる。
澄子の言っていた通り、地区の中心から離れたところで暮らしている魔物はスキルもなく倒すのも容易かった。結は次々とそれらを退治した後、羽那が持たせてくれた粗塩を撒いてその家をどんどん消していった。これでまた、デイン地区の範囲は小さくなる。
そして結は、少しずつ中心に近づいていった。
ただ、さすがに地区の外れの辺りがおかしな事になっていると、中心で活動している輩が警戒をし始めていた。
結がマントでしっかり存在を隠しながら、次に倒す魔物を探していた時、突然足を止めた。
シャリーン
──結、どうしました。
澄子の問いに、結は頭の中で答えた。
「私が育ったところでよく会っていた者を見かけました。結界が縮まったのを調べに来たのかも知れません」
シャリーン
──結、その魔物は警戒をしてください。相手も嫌な攻撃を仕掛けるでしょう。マントでしっかり身を隠し、一瞬の隙を突いて倒さなくてはなりません。
「わかりました。気を引き締めます」
結が見かけた知った顔の魔物は、見た目にはふっくらとした優しいおばちゃんといった雰囲気を漂わせていた。
名前は確か……アリスンとみんなが呼んでいた。アリスンは結界の内側ぎりぎりを歩き回り、立ち止まっては考え込み、また歩くを繰り返していた。
そして、何かを感じたのか結の傍へ向かって来た。
結は緊張した。
アリスンは大きな鼻をしていて、その穴はかなり大きくそこから吸ったり吐いたりの呼吸の勢いが凄く、結の近くで鼻から息が吐き出されると黒いマントがヒラリと少し捲れた。一瞬藍色の作務衣がほんの少し見えた。
「誰かいるね!」
アリスンが低い声で言った。
シャリーン
──結、あそこの木が生い茂っている中へ走りましょう。
澄子が、先の方にある雑木林に行くように指示をした。
「はい」
結は走り出し雑木林に向かった。走る勢いでマントが捲れ足元が僅かに現れる。
体格のいいアリスンも走って追いかる。重そうな体の動きは想像以上に俊敏で結との距離がどんどん縮まった。
結は木々の中を走り中ほどまで来ると足を止めアリスンと向かい合った。そして黒いフードを取る。
「やっぱり、おまえかい」
無表情な顔でアリスンが言った。抑揚のない感情を読み取れないトーンの声で
「まだ処女のようだね。生贄に出来そうだ」
と言った途端、頭のてっぺんに亀裂が走り今までの魔物と同じように、アリスンの姿がバナナの皮を捲るようにベロンと剥がれ、本当の姿を現した。
それは今まで対峙をした相手のような手足のない体ではなく、クネクネした質感ではあったがまるで樹木の枝を思わせる触手のようないくつもの長い突起が、結に向かってきた。
右に左にそれをかわしながら結はアリスンに近づいた。後ろに回り込みたかったが今の姿は前後左右のない、まさに樹木のようなものだった。
結がアリスンの突起に巻き付かれそうになり、ぎりぎりかわすと目の前の木に突起が当たった。途端、その木肌から煙が上がり溶け始めた。鼻を突く刺激臭が漂う。
シャリーン
──結、魔物の周りをぐるぐる走り回って。
「はい」
結は触手の攻撃をかわしながらアリスンの周りを回った。触手は結を目がけ、伸ばしながら回す。どうやら触手の元の体はあまり動かせないようだ。
突然、結は今までと反対に回り始めた。触手が混乱して動きを止める。
その瞬間、結はスライドするようにアリスンに近づき、両手首をかざした。
シャリーン
シャリーン
涼やかな音が鳴り結の手首が光を発した。実際は結の手首に巻かれた革の腕輪が光ったのだ。
刹那、アリスンの樹木のような姿が小さく薄くなり黒い炎に包まれて燃え尽きた。
シャリーン
──結、塩を。
「はい」
結は、アリスンがいた辺りに粗塩を撒いた。
雑木林が一瞬で消滅した。
シャリーン
──結、今日はこれで帰りましょう。
「はい。羽那さん来てください」
結は頭の中で呼ぶと、黒マントでしっかり体を隠した羽那がやって来た。
「澄子さま、結さま、今日も大分結界の範囲が縮まったのですね」
シャリーン
──結が頑張りました。羽那、帰りましょう。
「承知しました」
羽那は一瞬で妖獣の姿になり結を乗せて空へ飛び立った。




