結の決心
「結さま、気分はいかがですか」
羽那の心配した声かけに、結が目を覚ました。
慌ててベッドから起き上がる。
ここは、この前まで澄子の寝室だったが今は結が一人で使っている。
「まだ横になっていてください。食事の準備が出来たら起こしにまいります」
羽那が結を寝かしつけようとした。
「いえ、大丈夫です。リビングでお茶をいただきます」
結はベッドから立ち上がった。
「承知しました。甘い紅茶をお持ちします」
二人は一緒に寝室を出て、結はリビングに羽那はキッチンへ向かった。
結は胸に下げた革紐を編んで作られた巾着袋から澄子を取ると、ローテーブルに置かれた水色のシルクサテン製の小さな座布団に鎮座させた。
「澄子さん、私……」
結が生成り色の玉に話しかける。
シャリーン
──結、よく頑張りましたね。
澄子の涼やかな声が響いた。
結は首を横に振る。
「正直、ショックです。私に親切に接してくれていたデイン地区の人たちは、仮の姿だったんですね。人の皮を被った気味の悪い怪物で、しかも人の生首にかぶりついて…」
そこまで言って、結は口を手で押さえてリビングを出ていった。
しばらくすると、真っ青な顔をして彼女は戻ってきた。
「結さま、横になった方がいいのでは」
紅茶が入ったマグカップをローテーブルに置いて、羽那が心配する。
「大丈夫です。胃の中が空っぽになったので、楽になりました」
と言いながら、結はソファーに腰を下ろした。
「結さま……」
羽那は更に心配した。
シャリーン
──結が吐き気をもよおすのも仕方がありません。物心ついた頃から傍にいたものたちの、本当の姿を見てしまったのですから。
「澄子さん、今日倒したあの二人だけが、化け物だったということはありませんか。私をこの歳まで世話してくれたおばさんやおじさんは普通の人ってことはないのでしょうか」
シャリーン
──結が、今まで育ててくれた保護者のような面々を信じたい気持ちはわかります。ですが残念ながら、あの場所に棲むものたちは全員、今日あなたが倒した二人と同じ異形なものです。そもそも、結は生贄として今まで生かされていただけです。そのことは、結自身が身をもって理解したはずです。
「はい」
確かに、澄子の言う通りだ。
結は、17歳の誕生日に起きたことを今ではすっかり思い出していた。
あの時、
祝いの宴の途中で意識をなくした結は気がつくと手足が縛られ身動きが取れなくなっていたのだった。そしてタオルのような布で猿ぐつわもされて声が出せなかった。これは、下を噛み切って自殺を図られないようにしたのかもしれない。そこへやって来たのは幼なじみの…そう、ジョージだ。ジョージが手足の拘束を解いてくれた。口に巻かれた布を取ると、彼にお礼を言おうとしたその時、結の服を剥ぎ取り襲いかかってきたのだ。
ジョージは目を血走らせてよだれを垂らしながら言った。
「おまえの処女を奪ってやる。小さな頃からおまえばかり大事にされて俺は雑に…まるでゴミのように扱われてきた。全くふざけんなってんだ。よう、いいことを教えてやるよ。おまえの両親は、今までおまえを育ててくれた大人たちに殺されたんだ。俺は聞いたんだよ、大人たちがコソコソ話していたのさ。実の両親からおまえを奪うためにな。そしてこれから、生贄として処女のおまえは殺されるんだよ。俺は、おまえと大人たちに復讐してやるんだ。おまえを犯して処女を奪えば、おまえは生贄としての価値がなくなり、大人たちはここまで育て上げた生贄をなくすんだからな」
そして、ジョージは結の服を更に剥ぎ取ろうとした。
火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか。結は渾身の力で彼を突き飛ばした。彼は頭を打ったのか動かなくなったので、結はその部屋を出て外へ脱出した。
そして、それに気づいた大人たちが追いかけてきた。
あっ、結は今改めてその時のことを思い出した。
小さな頃から優しい笑顔で接してくれた親代わりの人々が追いかけながら……その姿が……。
シャリーン
──結。全てを思い出しましたね。
「はい。澄子さん、羽那さん、私は、あの時のことを全部思い出しました。デイン地区を飛び出す直前、私を追いかけてきた育ての親たちは皆、その姿が、頭の上からバナナの皮がめくれるみたいに薄く剥がれて、中から不気味な物体がうごめいて、そして地区を出られた途端に羽那さんとぶつかって…」
結の話を、羽那が継いだ。
「デイン地区の入り口で待機していた私に、結さまは凄い勢いでぶつかってきました。そして倒れた結さまをマントの中に隠して、澄子さまの元にお連れしたのです」
シャリーン
──結、これからもあなたと私でデイン地区を壊滅させていきます。それは、結の両親と私の子孫の仇討ちであり、羽那の故郷の宝珠を取り戻すということです。
「はい。それに、あの化け物たちが、人喰いをしていることも今日目撃しました。早く手を打たないと、あの地区の外にまで被害が及ぶようになるかも知れません。私、戦います」
結が力強く宣言した。




