有力と無力
シャリーン
涼やかな音。
「澄子さん……私はどうしたらいいのでしょうか」
──大丈夫。結、あなたは守られているわ。
「でも……」
ガアアアー ガアアアー
羽那が声を上げる。
「結さま、澄子さまを片手でしっかり握りしめて、もう片方の手で私にしっかり掴まっていてください。少し暴れます。振り落とされないようにしながら、成敗と大きな声で唱えてください。私はその命に従って家を覆っている魔物を退治します」
シャリーン
──結、あなたが羽那に命令するのです。
澄子の声が結の頭に染み入るように聞こえた。
「はい」
結は返事をして、思いきり息を吸い込み大きな声を発した。
「成敗!」
すると羽那は
ガアアアーー
と雄叫びを上げ、屋根にへばり付いた不気味なものを口で剥がし取り、ガチガチと咀嚼した後ペッと吐き出した。
かみ砕かれた不気味なものは地面に着く前にボウッと真っ赤な火に包まれ燃え尽きた。
他にも屋根に這いつくばりへばり付いている異形なものに向かって
「成敗!」
結が叫んだ。
ガアアアー、ガアアアーー
羽那が応えるようにまた雄叫びを上げて、屋根にいるものたちを次々と剥がし取ろうとした。が、相手も攻撃を仕掛ける。妖獣となった羽那の鋭い歯に負けないくらいの牙と爪で飛びかかって襲ってきた。
「成敗!」
結の言葉が催眠術のように相手の動きを封じる。
そこを羽那が素早く噛みつき噛み砕き、地面に向かって吐き出し侵入しようとしたものは赤い炎で燃え尽きた。
羽那は俊敏な動きで屋根に這いつくばる相手を捕まえて噛み砕いては焼き尽くした。
そして敷地の周りをぐるりと回り、何ものも残っていないことを確認して庭に下り立った。
その時、
シャリーン
──結、粗塩を持ってきて。
澄子に言われて、結は家の中に入ると粗塩の入った器を持って来た。
シャリーン
──結、その粗塩を持って羽那の足に乗りなさい。
その通りにすると、羽那がまた飛び上がった。
そして優雅にゆっくり家の周りを回った。
シャリーン
──粗塩を少しずつ我が家の敷地の周りに撒きなさい。
「はい」
結は器の中身を澄子に言われた通り、少量ずつ落としていった。
その間ずっと
シャリーン
シャリーン
シャリーン
と、澄子は鳴り続けた。
敷地を回り終えると、羽那は静かに庭に着地した。
結が足の上から下りた途端、羽那はいつもの初老の女性に戻った。
そして二人は家の中へ入った。
「あの…お疲れさまでした」
結がキッチンに向かおうとしていた羽那に声をかけた。
羽那は立ち止まり、こちらを見ると
「結さまこそ、お疲れでございましょう。お茶を用意してまいります」
と言って、奥へ姿を消した。
そしてすぐに紅茶の入ったマグカップをトレイに乗せて戻ってきた。
ソファーに座っていた結は、カップを受け取りふうふうしながら紅茶を飲んだ。彼女好みの甘い紅茶だ。
「美味しい」
先程まで緊張と恐怖を感じていたので、この甘い味が喉と体に染みた。
「羽那さんもここに座って休憩してください」
結は立ちっぱなしの羽那にソファーを勧めたが
「私はこのままで大丈夫です」
と言って座らなかった。
「結さま、もうマントを脱いでもこの敷地内は大丈夫です。澄子さまと結さまによって新たに結界を結ばれましたので、何ものもここに入ることは出来ません。マントをお預かりします」
羽那が両手を差し出したので、結は脱いだマントを渡した。
「あの…結界を結んだというのは……」
「結さまが粗塩を撒き、澄子さまが美しい音色を奏でたことで、この敷地と家は私たちと私たちが許可した者しか入ることが出来ないのです」
羽那の説明を聞いても、今ひとつ理解が出来ない結だった。
羽那はキッチンに戻り、ソファーにひとり座り結は考え込んだ。
今も自分は何もしていない。侵入しようとした不気味な輩を退治したのは妖獣になった羽那の活躍だし、結界を張ったのも自分の胸元にいる澄子が涼やかな音色を発したことで出来たのだ。自分は言われるままに粗塩を撒いただけだ。
私は無力だ……。
結は落ち込んだ。
その時
シャリーン
涼やかな音が鳴った。




