涼やかな音
結は、リビングでソファーに腰掛けて、まるで廃人のように脱力した。
あまりにも突然の出来事に、悪い夢を見ているのではないかと思った。
前に澄子のベッドで夢を見た時のように、目が覚めたらまたベッドの上に横になっているのではないか、そうであって欲しいと結は思った。だが、首から下げた革紐の先にあるこの巾着袋は膨らみを呈してそれなりの重みがあり、中に『あるもの』が入っているのがしっかりと感じられた。今までは革紐で編み込まれた袋の重さだけだったのに、今はそれよりはしっかりと重みを感じる。
結は、その袋を握りしめ
「嫌だ…嫌だ…嫌だ…嫌だ…嫌だ……」
ぶつぶつと言葉を吐き出した。
そして、号泣した。
どのくらい時が過ぎただろうか。
澄子のあの亡骸をどうしたのかはわからないが、羽那がリビングにやって来た。
結がソファーに腰掛けてから羽那がここに姿を見せるまでの時間は実際は一時間程だったのかも知れないが、彼女にとっては一週間も二週間も時が経ったような気分だった。
「結さま、落ち着かれましたか」
砂糖入りの紅茶のマグカップを結に手渡して羽那が聞く。
今までは結のことをさん付けで呼んでいたのに、急にさま付けで呼ばれた。
「さま、なんてやめてください」
マグカップを持ったまま結が言うと
「いいえ、これからは結さまが私のご主人さまです」
羽那がきっぱりと宣言した。
「私は、羽那さんに助けていただいて、こちらにお世話になったばかりの新参者です。まだわからない事だらけで、こんな私がこの家の主人なんて無理です」
結はカップをテーブルに置くと、首から下げた革紐を編んで作られた巾着袋をギュッと握りしめた。
「今、結さまの握られているのは澄子さまです。袋から出して見てさしあげてください」
羽那に言われて、結は恐る恐る袋から中に入っているものを取り出した。
それは胡桃程の大きさの生成り色をした玉だ。象牙のような硬さと重さで、彼女の手の中でしっくりとくる握り心地の良い、不思議と心が癒されるような温かみのある手触りの玉だった。
「澄子さん……」
結はその玉を両手で重ねるように握りしめ胸元に持って行くと涙を流した。
「羽那さん、これは澄子さんの骨なのですか」
結の問いに、羽那は少しの間考えてから口を開いた。
「結さまが手にしているものは、澄子さまそのものです」
「えっ、どういうことでしょう」
「澄子さまは生命活動を終わらせた後すぐに、体を変化させたのです。その様子は結さまも、ご覧になりましたでしょう」
「……はい」
「私も澄子さまから大まかな内容を聞かされただけで、あのような状態に変化したことに正直驚いています。しかし今、結さまが手にしているものは澄子さまが自らその巾着袋の中に入ったのです。例えるなら、その手にお持ちのものは新しく生まれた澄子さまで、あの金属製の器にあったものは胎盤のようなものでございます」
「……胎盤ですか。その胎盤は…」
どうなったのですかと聞きたかったが、なんとなく恐ろしい返事が返ってきそうなので、その事には触れないようにした。
が、羽那がさらっと話した。
「私がいただきました。これで、澄子さまから免疫機能をこの体に蓄えることが出来ました。私の種族の寿命は百年ぐらいと前にお伝えしましたが、更に百年程元気でいられると思います」
「……そうですか」
結はそれ以上は何も言わずに、手のひらに乗った新しい澄子の姿だという象牙のような玉を見つめた。
その時、
シャリーン、シャリーンと、心が洗われるような癒されるような音がその玉から鳴り響いた。
「えっ、澄子さん、澄子さんですか!」
結が玉を凝視した。
シャリーン、シャリーンと、もう一度玉から音が聞こえた。
まるで澄子が話しかけているような涼やかな響きだった。
「澄子さん……」
結はまた、子どものように号泣した。




