第69話 ルノア村視察
第三章
第69話 ルノア村視察
◇
「じゃ、まず市場からいこーか」
のんちゃんが気軽な調子で歩き出す。
「お願いします」
カエデは静かに頷いた。
その隣を、若頭がふらふら歩いている。
「両手に華っすねぇ」
「お前は真面目に案内しろ」
のんちゃんが笑いながらツッコんだ。
◇
朝の市場。
すでに多くの村人で賑わっていた。
焼き串の匂い。
野菜を並べる声。
値段交渉。
子供達の笑い声。
活気。
「おー、今日魚多いねぇ」
のんちゃんが露店を覗き込む。
「朝イチでハッチャン漁師達が戻ったんすよ」
若頭が答える。
「橋できてから流れ良くなったんで、最近かなり安定してるっす」
◇
カエデは周囲を静かに見回していた。
行き交う村人。
笑い声。
荷運び。
武装した見回り。
市場として成立している。
「……思ったより整っていますね」
「ん?」
「もっと急造集落のようなものを想像していました」
若頭が軽く笑う。
「最初はそんな感じだったっすよ?」
「今はもう普通に村ってか町っすね」
「最近、人増えたもんねぇ」
のんちゃんがたこ焼きを買いながら言う。
「はいこれ」
カエデに渡す。
若頭へは投げる。
「お、あざっす」
自然にキャッチ。
「ああ、これがたにしさんが作ったっていう……」
「そうそう。もう今は村人にやらせてるけどね」
フランチャイズウッハーするって言ってたけど。
とのんちゃんは笑う。
カエデは一口食べる。
「すごく……おいしいです」
「なんかくやしいけど、そうなんだよねぇ」
とのんちゃんが笑った。
◇
市場を抜け。
畑区域へ向かう。
広い耕作地。
整備された水路。
働く村人達。
「ここら辺は最近かなり安定してきたかなぁ」
のんちゃんが言う。
「保存食も増えたし」
「見張りも置いてるんで、盗難もほぼ無いっす」
若頭が続ける。
「自警団運用までしているんですね」
カエデが静かに呟いた。
「元山賊が自警ってウケるっすね!」
お前が言うな。
◇
その後。
住居区画。
貯水設備。
順番に見て回る。
歩く度に、カエデの視線が少しずつ変わっていった。
◇
「次、温泉いこっか」
のんちゃんが言う。
「はい、姉様が特にじっくり見てこいと」
「この前、すごく入りたがってたもんねぇ」
「はい。近々、湯治には来るかと」
◇
ルノア温泉。
木造温泉旅館。
なのだが、銭湯のような感覚で村人にも愛されている。
今も、昼だというのに、それなりに人がいる。
風呂上がりの村人。
牛乳を飲んでいる山賊。
縁側で寝ているおっちゃん。
完全に生活の一部だった。
「おー、若頭ぁー。おつかれーっす」
「昼からサボってんなよ」
「仕事前の一風呂っす」
だらけていた。
◇
「はい、ここの名物はこれ」
のんちゃんが、カエデへ冷たい飲み物を渡す。
「これは?」
ありがとうございます。と受け取りながらカエデが聞く。
「ルノアフラペチーノ。れんかが作ったやつ」
「れんか……娘さんが」
と言いながら飲む。
「美味しいです。タピオカ?みたいなものも?」
「そうそう。なんかその辺も企業秘密?とかで一人でやってたんだけど、限界来たらしくて、ベルクのとこに技術ごと売ったらしい」
だからあいつ今、金持ってる。
とのんちゃんが笑う。
「たにしさんみたいに、フランチャイズにはしなかったんですね」
「一過性の流行りだし。値がつくうちに売る」
れんかの喋り方を真似して、のんちゃんが言う。
「姐さん!お嬢の真似上手いっす!」
「母娘だっつの!当たり前だ!」
二人して大爆笑。
「経済理論しっかりしてますね……」
カエデは、聞こえないくらいの声でつぶやいた。
◇
「まぁ、温泉はいいよねぇ。疲れ取れるし、病気減ったし」
「飯も美味いし……あ!あっくんの蕎麦も美味いよ?食う?」
「いえ、それはまたの機会の楽しみに」
食い倒れツアーになりそうだ。
カエデが少し慌てる。
「そっか。そんじゃひとっ風呂浴びる?」
「いや、姉様より先に頂くわけには……」
「確かに!お豆ちゃんスネそう!」
のんちゃんが笑う。
◇
カエデは周囲を見渡す。
村人達の表情は明るい。
余裕がある。
それは。
“ただ生き延びている村”ではなく。
“暮らしている村”の顔だった。
「露天風呂とか、夜かなり綺麗だよー。今度、泊まりでおいでね!」
のんちゃんが笑う。
「はい。ぜひ」
カエデも自然に微笑んだ。
◇
温泉を後にし。
東の橋へ向かう。
巨大な木製橋。
荷車が安定して行き交っている。
「これ、全部村で?」
カエデが橋を見上げる。
「うん」
「スズとたくろーさんが主体だけど、ルノア組と村民も総出でやったねぇ」
若頭が橋を軽く叩く。
「自信作っす!」
「あんた大体流されてたじゃん」
「26回っす。殿堂入りっす!」
◇
橋の中央。
カエデは足を止めた。
遠くに村が見える。
煙。
畑。
増え続ける家。
人の流れ。
平和だった。
「……不思議な村ですね」
カエデがぽつりと呟く。
「そう?」
「はい」
少しだけ間を置いて。
「姉様が気に入る理由が、少し分かりました」
◇
「んじゃ最後、工房見てく?」
のんちゃんが振り返る。
「お願いします」
◇
ルノア組の隣。
そこには巨大な工房区画が広がっていた。
工房区画へ入った瞬間。
空気が変わる。
熱気。
鉄の匂い。
飛び交う怒号。
鳴り響く金属音。
ここだけ、まるで戦場だった。
カンカンカン!!
忙しく走り回る職人達。
木材。
鉄材。
加工途中の部品。
大量の道具。
その中心で。
スズが、職人達へ次々と指示を飛ばしていた。
「あ、おかえりです!!」
スズがこちらに気付き、大きく手を振る。
「おつかれー」
のんちゃんも軽く手を振り返した。
「さっきまで師匠来てたんですけどね!!」
「最近よく来てるねぇ」
「不動のカンカンが頻繁に……」
カエデが少し驚いたように呟く。
「あの、山引きこもりじーさんそんな大仰な呼び名なん?」
のんちゃんが素で引く。
「優秀な鍛冶師なので、何度も足を運び招聘したんですが……未だにですね」
カエデが小さくため息をついた。
「なるほどねぇ」
のんちゃんは苦笑する。
◇
工房の奥では。
たくろーが図面を広げ、職人達と何かを話し込んでいた。
その横では、巨大な木材が滑車で吊り上げられている。
声をかけるのも忍びない雰囲気だった。
「それじゃ、組戻ろっか」
のんちゃんが振り返る。
「はい」
カエデも静かに頷く。
◇
そして。
ルノア組へ戻ってきた三人は。
少し異様な空気を感じ取った。




