第2話「一気通貫」
村の境界、石橋の上で、逃げ惑う司祭・バルザスが足を止めた。
「貴様……ただの浪人ではないな。神の慈悲を拒絶するとは!」
バルザスが絶叫し、懐から巨大な貝の形をした魔導具を取り出した。
かつて西の海辺の聖域で発掘されたというそれは、英雄の放った魔力を吸い上げ、歪な『貝魔法』へと変換する触媒だ。
「見よ、これぞ最強の防御! 【白蝶殻の盾】!」
司祭の周囲に、光沢を放つ貝殻が幾重にも展開される。それは鋼の硬度を持ちながら、魔力を吸い取る、攻防一体の結界だ。
アルマイトは、一歩、また一歩と泥濘を踏みしめる。
「 死して償え、不信心者が! 【双殻の圧殺】!」
巨大な二枚貝が、アルマイトを左右から挟み込むように飛来する。回避不能の圧搾。だが、アルマイトは逃げない。彼は背中の黒鉛鉄を静かに引き抜いた。
魔法を否定する刃が、雨を切り裂く。
「……一翻」
アルマイトの身体が沈み込む。
その瞬間、彼の周囲の空気が、まるで牌を掻き混ぜるような乾いた音を立てて震えた。
「第一絶技――【断么九】」
目にも留まらぬ速さの水平斬り。
複雑な構成を一切持たぬ、ただ純粋な、中心を貫く剛の一撃。
飛来した貝が、その一閃だけで粉々に砕け散った。
「な、なんだと!? 私の魔法を、ただの剣圧で……!?」
「貴様の魔法は、不純物が多すぎる。」
アルマイトは加速する。
泥を跳ね上げ、肉薄する彼に、司祭は狂ったように貝を乱射した。
「落ちろ! 砕けろ! 英雄の慈悲に沈め!! 【大千手観音貝】!!」
数千の鋭利な貝殻が、アルマイトを襲う。回避は不能。全方位からの飽和攻撃。
だが、アルマイトは鞘を捨て、両手で大剣を正眼に構えた。
アルマイトの瞳に、輝きが宿る。
彼は、降り注ぐ貝殻の雨の中、最小限の動きで刃を走らせた。
「第二絶技――【一気通貫】!!」
直線上に放たれた九連続の刺突。
一突きごとに空気の壁が弾け、重低音が響く。
放たれた弾丸は、一つ残らず砕け散り、アルマイトは爆風を突き破って懐へと飛び込んだ。
「待て、待て! 私を殺せば、この村の聖水の供給が止まるぞ! 民が死んでもいいのか!?」
司祭が縋るように叫ぶ。
アルマイトは足を止めず、大剣を上段に振りかぶった。
「望むところだ」
「貴様……正気か――」
黒鉛鉄の剣が、究極の防壁「白蝶殻」に激突する。
「絶技――【国士無双】!!」
十三の急所。
不揃いなまでの重い一撃が、バルザスの急所を同時に撃ち抜いた。
バリィィィィィン!! と音を立てて、貝の盾が、灰へと帰した。
衝撃波が灰雨を吹き飛ばし、一瞬だけ月光が差し込む。
バルザスは地に伏し、詠唱する力も残されていなかった。
アルマイトは荒い息を吐きながら、大剣を再び背負う。
「……ふん、安勝ちだ」
彼は振り返ることなく、泥濘の道を再び歩き出す。
背後では、聖水から解放された家畜たちが、鳴き声を上げ始めていた。
世界を救うには、ま足りない。
それでも男は、次へと向かう。己の魂を、最後に賭けるその時まで。




