第10話「不当逮捕」
アルマイトは、ゴーレムの残骸から転がり出た聖杯を拾い上げる。
それは、聖剣の破片が、高濃度の魔力を吸い続けて変質した、呪わしい源泉であった。
「……これが、あいつの望んだ救いか」
アルマイトは自嘲気味に呟き、聖杯を黒鉛鉄の布で包んだ。
魔力を遮断するその布越しでも、内側から溢れ出す絶望の波動が伝わってくる。
ハヌマーン、ケルベロス、グリフォンの三従者は、主人の疲弊を察するように静かに寄り添い、再び引き返した。
「断絶の門」に到着した一行を待っていたのは、関守長ゼノスによる仰々しいまでの出迎えだった。
「おお、戻ったか! まさか本当に、あの死地から至宝を持ち帰るとは!」
ゼノスは壇上から降り、揉み手でアルマイトに近づく。
その瞳は、聖杯の放つ輝きを前に、どす黒い強欲で濁り切っていた。
「約束だ。聖杯を渡せ。そうすれば貴様ら全員、特別調査員として正式に『無罪』を証明してやろう」
アルマイトは無言で、包みをゼノスへと差し出した。
ハヌマーンが不穏な気配を感じ取り、錫杖を握る手に力を込めるが、アルマイトはそれを制した。
彼にとって、毒をこれ以上持ち続けることは、自らの罪をさらに重ねることに他ならなかったからだ。
聖杯を手に取った瞬間、ゼノスの顔から笑みが消え、冷酷な関守長の顔へと戻った。
「……確認した。間違いなく、英雄の遺産だ。……だが、一つ大きな間違いがあるな、放浪者」
ゼノスが合図を送ると、門の影に潜伏していた数十人の武装司祭たちが一斉に姿を現した。
彼らが構えるのは、対魔術師用の法力銃と、魔力を吸着する特殊な投網である。
「貴様は教会の管理物を盗み出した大罪人だ。さらに、獣たちを神域に引き入れた不信心の罪。……これらすべて、死罪に相当する」
「……貴様、約束を違えるか」
アルマイトの声は、怒りよりも深い諦念に沈んでいた。
「約束? 犯罪者との約束など法には存在しない。タダシの首も、予定通り飛ばさせてもらうよ」
ゼノスが冷酷に宣告する。最初から、アルマイトを生かして帰すつもりなどなかったのだ。
英雄の至宝を手に入れたという実績さえあれば、その過程にある「道具」など不要だった。
「主よ、命じてくれ。このような下衆ども、我らの爪で引き裂いてくれる!」
グリフォンが鋭い嘴を鳴らし、ケルベロスが三つの首を同時に唸らせる。
ハヌマーンの周囲には、すでに迎撃準備が展開されていた。
しかし、アルマイトは静かに両手を挙げた。
「……やめろ。ここで争えば、この門の周辺にある村々が、俺の魔力で死に絶える」
アルマイトの脳裏には、魔力過剰症で苦しむ少女や、奇形となった家畜たちの姿が浮かんでいた 。
自分が剣を抜けば勝てる。だが、その勝利は新たな公害を生むだけなのだ 。
「……俺を捕らえろ。だが、その獣たちには手を出すな。こいつらはただの道連れだ」
「物分かりが良くて助かるよ。連れて行け!」
ゼノスの号令と共に、魔力を遮断する黒鉛鉄の枷がアルマイトの両手首に嵌められた。
かつて世界を救ったその手は、今や自らの意志で、不当な拘束を受け入れた。
アルマイトは引かれていく最中、門の影で拘束されているタダシと一瞬だけ視線を交わした。
タダシの瞳には、かつての嘲笑ではなく、言葉にならない憤怒とが宿っていた。
アルマイトが連行されたのは、教団の本部地下にある「大監獄・索冥閣」。
そこでアルマイトを待っていたのは、拷問官ではなく、石卓を前に座る一人の老人だった。
「……待ちくたびれたぞ、英雄殿。あんたの余命、ここで打ち切らせてもらおうか」




