第9話「暴力」
「……ハヌマーン。不自然に収束している、と言ったな」
アルマイトは、頬を掠めた弾丸が背後の岩山に突き刺さり、その岩を内側から粉砕する様を凝視した。
通常、飛礫の威力は衝突時の衝撃にある。だが、このゴーレムが放つ瓦礫は、命中した瞬間に全エネルギーが一方向へより深く、より鋭く突き抜けるように制御されていた。
「左様。あれは単なる投石ではない。力の向き――『矢印』を強制的に書き換える操作魔法。かつて魔王軍の軍師が、城壁を一撃で穿つために編み出した禁術の残滓よ」
ハヌマーンが錫杖を構える。
ゴーレムが吼えた。数千の武具が擦れ合い、黒板を爪で立てたような不快な音が響く。
怪物の周囲に浮遊する無数の瓦礫。それらが一斉に、物理法則を無視した加速でアルマイトへと殺到した。
「ギ、ガガ……アア……!」
「……なるほど。全方位からの『多面待ち』か」
アルマイトは動かない。
避ければ、後ろで控える従者たちにベクトルが向けられる。
彼は黒鉛鉄の大剣を鞘に納め、代わりに両手を広げた。
「アルマイト殿!? 無防備だ!」
グリフォンが叫び、翼を広げようとするが、アルマイトはそれを制した。
「吸うだけじゃない」
直撃の瞬間。
数多の瓦礫がアルマイトの肉体を粉砕するかに見えた。
だが、衝撃音は響かない。
アルマイトの全身から、ドロリとした黄金の魔力が噴き出し、彼を包む膜となった。
アルマイトの表面に触れた瞬間、グニャリと歪み、四方八方へと霧散していく。
「……ッ、ぐ、あああ!」
アルマイトの口から血が溢れる。
これは防御ではない。
彼は、ゴーレムが放った魔法を、自身の魔力の中に無理やり混ぜ合わせ、そのベクトルを中和させたのだ。
アルマイトが踏み出す。
一歩ごとに、彼の足元から黄金の亀裂が走り、周囲の土壌が結晶化して死んでいく。
ゴーレムはその「猛毒」であるアルマイトの魔力を、本能のままに吸い込みすぎた。
ベクトルの制御権が、ゴーレムからアルマイトの「罪の重さ」へと移り変わる。
「……第十絶技」
アルマイトが右拳を握り込む。
彼の右腕を蝕む呪印が、黒く、熱く、爆発的な輝きを放つ。
「【嶺上開花】」
放たれた拳は、ゴーレムに触れてすらいない。
だが、空気を媒介にして伝わった「過剰な魔力」が、ゴーレムの内側で全方向へのベクトルへと変換され、暴発した。
内側から。
数千の武具が、まるで内側から開く花のように、外側へと弾け飛ぶ。
黄金の光が、死の谷の第一層を一瞬だけ白昼のように照らし出した。
静寂が戻る。
そこには、バラバラに解体された武具の山と、その中心で力なく膝をつくアルマイトの姿があった。
崩れたゴーレムの胸部だった場所から、鈍い光を放つ小さな「杯」が転がり落ちる。
「……はぁ、はぁ……。」
アルマイトは震える手で血を拭った。
救うために振るった拳が、またこの地の汚染を数十年分早めた。
その皮肉な痛痒だけが、今の彼に残された唯一の報酬だった。




