第5話
「――な、なんと……」
化け物が「『反転』」と呟いた瞬間、妻の遺骸が『踊る肉人形』へ変わった。
その呼び名は気に入らないが、目の前に横たわっているのは、紛うことなく妻の肉体……
ゴルドーが『束縛されたエリーゼの魂』を取り出すと、エリーゼの魂が妻の体の中へ浸透していく。
「私は夢でも見ているのか……?」
エリーゼの胸に手を当てれば、確かに胸の鼓動を感じる。体温もある。
間違いない。間違いなくエリーゼは蘇った。
神から……世界からエリーゼを取り戻した。
「――う、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! やった! 遂にやったぞっ!」
ゴルドーは、変身を解き、化け物に向かって改めて平伏する。
「ありがとうございます! ありがとうございます!! このゴルドー、あなた様に永遠の服従を誓います!」
永遠の服従を誓うほど、狂喜乱舞するゴルドーを前に困惑する化け物。
そんな化け物の心情など一切気にすることなくゴルドーは、外へと駆け出した。
「エリザベート! エリーゼが、エリーゼが蘇った――ぎゃあああああああっ!?」
よっぽど嬉しかったのだろう。
自分がアンデット系の魔物、リッチであることを忘れ、自ら直射日光を浴びに行くゴルドー。
見れば、真っ白に燃え尽き灰になろうとしている。
エリザベートはゴルドーを抱き抱えると「お父様っ!? どうされたのですか、お父様ぁぁぁぁ!?」と叫び始めた。
喧しい親子である。
「仕方がないなぁ……転職先は、領主でいいか」
司は自身に永遠の服従を誓ったゴルドーに視線を向けると、手を握り神に祈りを捧げる。
「おお! この世のすべてを司る転職の神よ。新たなる転職先は『領主』。ゴルドーに新たなる人生を歩ませたまえ!」
すると、どこからともなく「リーンゴーン!」と鐘の音が響き渡り、ゴルドーの体が人の体に回帰する。
「ついでにっと、ケアルガ!」
そして、回復魔法を使うと、ゴルドーは信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。
この世界において、人間が魔物になるためには、魔物にジョブチェンジする必要がある。
しかし、現状、そんなことができるのは、魔を統べる魔王くらいのもの。
そして、魔王は、自らに忠誠を捧げた者の転職先を決めることができる。ステータスも見放題。弄り放題だ。
つまり、プレイヤー視点で物事を判断することができるジョブ。それがこの世界における魔王である。
「……あ、あなたは一体何者なのですか? 何が目的で私達のことを助けて……?」
「え? 何者って……」
流石にロールプレイングゲーム「モンクエ4」に似た世界に勇者として異世界転移してきた野良魔王ですとはいえない。
「俺は井上司。魔王と同じ力を持つただの冒険者だよ。それに、何が目的でと言われると困るな……」
強いていえば、近くで転移できるのがウッドフォレストしかなかったから?
「……とりあえず、しばらくこの町に留まるつもりだから、泊まる所を紹介してくれる?」
そう告げると、ゴルドーはポカンとした表情を浮かべた。
◆◆◆
司がウッドフォレストで夜を迎えている頃、エスタールの王、レブレサックも床に就いていた。
「……まったく、なんて日だ」
魔王を倒すため多大なる犠牲を払い召喚した勇者はいなくなるわ。魔王ジョブを持っているわ。挙げ句の果てには、魔力変換機が壊れるわで最悪だった。
明日になったら、召喚した勇者の指名手配を行わねば……魔王ジョブを持つ者を召喚し、逃げられたことが他国にバレれば大変なことになる。
その前に勇者を捕らえ、魔王討伐に向かわせなければ、我が国の面子は丸潰れだ。
あとは、魔力変換機の製造だな。
あれについては、設計図が残っているから多分大丈夫だろう。
メンテナンスして直らないようであれば、新たに魔力変換機を作らせるまでのこと。
「くそっ……全然、眠れやしない。水でも飲んで落ち着くか」
王が立ち上がろうとしたその瞬間『ビシッ!』と、何かが割れる様な音が響く。
ビシ……ビシビシ……ビシビシビシ!
その音は揺れと共に段々、大きくなり、数秒後には、何かが崩壊するそんな音にまで発展した。
「なんだ……何が起こって……」
揺れと音が治ったことを確認すると、レブレサックは扉に向かって声を掛ける。
「おい。今のは何だ。誰でもいいから報告しろ!」
しかし、誰も答えない。
「? なんだ。誰もいないのか?」
扉の前には兵士が待機しているはずなのだが……
異変を感じたレブレサックが扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「……なっ!? そんな馬鹿な……! 我が城が……城が半壊しているぅぅぅぅ!?」
扉を開けば崖がある。
恐る恐る下を見ると、そこには瓦礫の山が積まれていた。
至る所で火が上がり、まるで攻め入られたかのような様相だ。
レブレサックは息を飲む。
「一体何が起こっているというのだ……」
城が半壊するなんて尋常ではない。
まさか、魔王が攻めてきたのか?
急に湧いてくる警戒心。
辺りを見渡すも、それらしい姿は見えない。
レブレサックはホッと息を吐くと、改めて扉の外に視線を向ける。
「……流石にこのままここに留まるのはマズイか」
時間が経てば経つほど窮地に追いやられそうな気がする。
何より、半壊した城が全壊しないとも限らない。
「まったく、なんでこの私がこんなことをしなければならないんだ……」
レブレサックは部屋のカーテンを取り外し、それをキツく結ぶと、それを柱に括り付ける。
そして、窓からそれを垂らすと、カーテンにしがみ付きながら城の壁面を降りて行った。
◆◆◆
「はぁはぁはぁ……!」
何とか地上に辿り着いたレブレサックは息を整える。
「一刻も早くこの場から逃れねば……」
半壊した建物の側にいるのは危険が伴う。
しかし、なぜこの私がこんな目に……!
急に湧いてきた怒りの波動。
「この……オンボロが! こんなことで崩れおって!」
罵声と共に近くに落ちていた石を半壊した城に向かってホン投げる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……
その瞬間、不気味な音が聞こえてきた。
レブレサックがふと上に視線を向けると、城の先端が崩れ落ちてくるのが見える。
「あ、あばばばばばばばばっ……!?」
それを見たレブレサックは必死になって駆け出した。
「――ひぃええええええええっ!!」
ズシーン! ズシーン!と、落ちる瓦礫。
死にたくない。死にたくない。こんな所で死にたくない!
城が全壊した瞬間、大きな砂埃が舞った。
な、何でこんなことに……私が悪いのか?
石を投げた私が悪いのか?
レブレサックの目の前には、全開し、もはや立ち入ることすら不可能となった王城の成れの果てがある。
「陛下、無事でしたか!」
瓦礫の山と化した王城を眺めていると、この国の大臣であるゲムニドットが駆け寄ってくる。
「無事なものか! 見てみろ! 魔力変換機に加え、権威の象徴である王城までもがこの有様だ! 一体、何が起こっている!」
異変が起きたのは昨夜未明。
城にビシッ!という音が鳴り響いたかと思えば、突然、崩壊し始めた。
崩壊したのが、城半分だけだったから良かったものの、最初から全壊していたら今頃、瓦礫の下で下敷きになっていたかも知れない。
「申し訳ございません。現在、調査中でして、お伝えできることは何も……」
「ぐぬぬぬぬっ……! 遅い! あまりにも遅すぎる! さっさと、調査を終わらせて、首謀者を私の目の前に連れて来い!」
「は、はい!」
レブレサックの無茶振りにゲムニドットは、汗を拭きながら返事する。
本来の物語であれば、邪神討伐と共に、神が邪神の封印されていた場所を居住区にするので、歪が生じず、城が崩落せずに済むのだが、魔王が存在し、神が封印されている現状、その歪みは広がるばかり……
「――ああ、あと、私が泊まることのできる宿屋を用意しろ。城の建築が終わるまで、そこに泊まることにする」
「は、はい! 承知いたしました」
そう言うと、ゲムニドットは、残された財源を元に城に近い宿屋を土地ごと買い取った。
◆
「まったく。なぜ、この私がこんな目に……」
ゲムニドットに用意させた宿は控えめに言って最悪だった。
何せ、水道や電気……調理場に至るまで、すべてのエネルギーを魔石に頼っていたのだ。
魔力変換機が壊れた今、魔石は貴重品。
エネルギー資源として使うには、あまりに勿体なさ過ぎる。
妻や子はこんな場所よりはまだマシだと、ここよりグレードは低いものの温かい食事や温かいお湯の出る民家に行ってしまった。
私は王族だぞ?
なぜ、王族であるこの私がこんな惨めな気分にならなければならない。理不尽だ。
こうなったら首都を移転するしかない。
魔力変換機が作動しなくなった時点で、この土地の価値は無に等しい。
歴史ある土地もこうなってはお終いだ。
しかし、どこに首都を移転するべきか……
この辺りだと、ウッドフォレスト辺りが首都移転に最適だが……
「恐らく、ウッドフォレストでも、魔力変換機が動いていないのだろうなぁ……となると、城が完成するまでの間、ずっとこのままか?」
私は存外ナイーブなのだ。そんな生活を送っていては死んでしまう。
かと言ってこのままでは……
「……陛下。今よろしいでしょうか?」
考えごとをしていると、宿の扉が叩かれる。
「うむ。入れ」
身なりを整え立ち上がると、そこには怪しい男が立っていた。
「お主、誰だ? この場所を知るのは妻と子とゲムニドットだけのはず……」
「ええ、そのゲムニドットの代わりに新たな大臣となりましたフロッグと申します」
「なに? そんな話聞いて……」
その瞬間、フロッグの目に怪しい光が宿る。
フロッグの目を見ていたレブレサックは目を回し、虚な表情を浮かべ呟いた。
「……いや、そういえばそうであったな。フロッグよ。よろしく頼む」
「はい。陛下……こちらこそ、よろしくお願いします」
そう呟くと、フロッグは邪悪な笑みを浮かべた。
レブレサックを洗脳後、闇の大臣、フロッグは一人、エスタール城地下にある邪神封印の間へといた。
「どういうことだ……?」
邪神が封印されているこの広間には、精霊のアミュレットが安置されており、邪神復活を阻んでいたはず……
しかし、この場所にアミュレットは見受けられない。
魔王様の命令でエスタール王国に来て見れば、城は崩れ倒壊しているし、邪神封印の間にいるにも関わらず、邪神様の気配も見られない。
一体、どうなっている……
てっきり、邪神様復活の影響で城が倒壊したと思ったのだが……
しかし、当の邪神はどこにもいない。
ここではないどこかに身を隠されているのか……はたまた別の理由でもあるのか……
いや、考えていても埒が開かぬか。
「もし邪神様が復活していれば、多くの生贄が集まる場所に向かうはず……この辺りだとウッドフォレスト……いや、メイルストロムか」
もし邪神様が復活しているとすれば、邪神様は間違いなくそこに向かう。
「城の復興は後回しだ。まずは邪神様の状態を確認しなければ……」
そう呟くと、闇の大臣、フロッグはメイルストロムの町のある方向に足を向けた。




