第92話 メイドコボルト、抱っこされる
クリアテスが負けたことで、神官と王国の連合軍はあっという間に崩れていく。
あっという間に全員、投降するに至った。ククルが脅しとばかりにもう一撃魔法を放ったということもあるが、戦いは多少のケガを負ったくらいで、誰も命を落とさなかった。
「ふむ、そちらも終わったか」
「ま、魔王様?! もう終わられたのですか?」
無事に戦いが終わって、両手を腰に当ててむすっとしているククルは、いきなり声をかけられて驚いている。
現れたのは魔王であり、気絶したファーレン中将とクリアテスの部下を引きずって姿を見せた。その後ろには、ぼこぼこに殴られた形跡のある兵士たちがかなり落ち込んだ様子でついてきている。
『まったく、元々強かったとはいえ、無傷であの数を一人でのすとはな』
さすがの聖剣も、魔王の強さには感心すると同時に呆れているようだった。
「で、ククル、いやプリムよ。お前の気はおさまったかな?」
街の前の状況を見ながら、魔王が問いかけている。
ところが、ククルは首を左右に振っているようだった。
「クリアテスは懲らしめられたけど、今の教会がどうなっているのかを見ておきたいですよ。これだけで終わらせたら、また街に攻め入ってくる可能性はありますからね」
「そうだな。余もちょうど同じことを考えていたところだ」
ククルの話に賛同しながら、魔王はファーレン中将と同じような鎧を着ている兵士たちに視線を向けている。さすがに魔王に睨まれては、兵士たちは震え上がってしまっている。
怯える兵士たちを見ながら、魔王はジャックたちへと近付いていく。
一応領主やククルから魔王のことは聞いているとはいえ、魔族のトップが目の前にやってくると、その図体とオーラの大きさから圧倒されてしまっている。
「すまなかったな。ククルを守りたいがゆえに余がしゃしゃり出てしまったことで、街に迷惑をかけてしまったようだ。この通り、詫びさせてもらう」
身構えていたところに魔王の謝罪が飛び出したために、ジャックたちは何度もまばたきをしてしまう。それだけ予想外だったのだろう。
魔族の頂点である魔王が、敵対者であるはずの人間たちに謝罪するなど、普通は考えられないからだ。
「余は元人間だからな。しかも、聖剣を持って魔王と戦った、な」
「な、なんだって?!」
その場にいる全員に衝撃が走る。ジャックたちはもちろん、魔王たちにこてんぱんにされた兵士たちもだ。
驚きに満ちる中、魔王はククルへと近付いていく。
「余はアブジール・ディエ・アンカサードという王子だった。その時に戦った魔王の最後の力によって、余とプリムは転生をして魔族となったのだ」
その場にいる全員に自己紹介をしながら、魔王はククルをぎゅっと抱き寄せている。その行動に、ククルは顔を真っ赤にしている。毛深くて分かりにくいはずなのに、ものすごくはっきり分かるくらいにだった。
「余は魔王と刺し違えたのは事実だ。だが、プリムは違う。スルランという余たちの仲間であったはずの男が裏切って、余の手から離れた聖剣でプリムの心臓を貫いたのだ」
「な、なんですと?!」
衝撃的な事実に、その場にいた全員が驚いている。……気絶している三人を除いて。
アブジール王子のことはその通りに伝わっていたが、聖女プリムの最後については、王子同様に魔王との相打ちになったと伝わっていたからだ。まさかそれが間違いだなんて思ってもみなかったのだ。
「悲しいことに、余のことは出身のアンカサード王国では忘れ去られつつあるようなのでな、里帰りを兼ねていろいろと問い質しに行きたいと思う。お前たち、案内してくれるよな?」
魔王がぎろりと睨みつけると、王国の兵士たちは顔を真っ青にしながら、こくこくと頷いている。
いくら相手が魔王とはいえど、たった一人に何百人という兵士があっという間に制圧されてしまったのだ。こんな反応になっても仕方がないというものだ。
話が終わったかと思うと、魔王はジャックたちの方へと振り返る。
「というわけだ。余がこやつらと話をつけてこよう。もう二度と、こんなバカげたことが起こらぬように、しっかりと教育してくるからな」
「あ、ああ……」
微笑みかける魔王ではあるものの、さすがにそのあふれるオーラのせいで、ジャックたちはなんとも微妙な反応しかできなかった。
だが、それでも満足した魔王は、今度はククルを抱え上げる。
「きゃっ!」
突然なものだったから、つい驚いた声を上げてしまうククルである。
「さて、二人でそろって里帰りをしようではないか。では、案内は頼むぞ」
「わ、分かりました」
実質たった二人の魔族に制圧されてしまった教会と王国の連合軍は、魔王の命令によって渋々撤退させられることになった。
何が何だかよくわからないジャックたちは、その姿をただ見送ることしかできなかった。
魔王に抱きかかえられたククルはとても恥ずかしそうなのだが、先日のコボルトの集落への里帰りに続き、人間時代の故郷への里帰りとなって、心の中はドキドキとしている。
本来の両親にはあんまりいい思い出はないものの、当時の故郷が今はどうなっているのか興味があるというわけだ。
ただ、魔王の胸の前で抱えられた姿はとても恥ずかしい。だというのに、ククルはもうしばらくそうしていたいと思ってしまうのだった。




