第91話 メイドコボルトと魔王は手加減なし
ククルがクリアテスと戦っている頃、街の近くの森の中では……。
「魔物が全然いないな」
クリアテスと別れたファーレン中将が、街を挟み撃ちにするように森の中を進んでいる。
魔物がいると聞いて警戒していたのだが、森の中ではまったく魔物に遭遇せずに行軍が行えていた。
「ふっ、我々に恐れをなして逃げ出したのでしょう。我々の勝利は、約束されたようなものだ!」
クリアテスの部下が、勝ち誇ったかのように笑っている。ファーレン中将は、その姿を見てなんとも気分が悪くなっていた。
まとまって森の中を進んでいくファーレン中将たちだが、その途中で何かを見つけて立ち止まる。
「待て、なんだあれは」
目の前には何かでかいものが立っているのが見える。
目を凝らしながら見つめるものの、それが何なのかはまったく分からなかった。
「待て、止まるのだ」
声を上げたのは、クリアテスの部下だった。
「一体、どうしたのだ」
急に止まれなどいうものだから、ファーレン中将がクリアテスの部下に問いかけている。
そのクリアテスの部下だが、ものすごい怖い剣幕を浮かべている。目の前にいる者が何者であるか、しっかりと認識したようなのである。
「ほう……。クリアテスとかいうやつとは違って、お前はずいぶんと優秀なようだな」
遠くに見えた影が、喋りながら近付いてくる。その姿がはっきりするにつれて、二人が連れた部下たちが、その体を震えさせ始める。
「お、お前は、誰だ? ただの魔族ではあるまい」
「余か? 余は魔王だ。愚か者たちに鉄槌を下すべく、直々に来てやったのだ」
「ま、魔王だと?!」
クリアテスの部下が声を上げている。
ところが、魔王は取るにも足らない相手など気にすることなく、ファーレン中将をじっと見つめている。
「ほう、懐かしいな、その紋章」
魔王はファーレン中将が見つけている装備品に、見慣れたものを見つけたようだ。
「こ、この紋章を知っているというのか?」
びびりながらも、ファーレン中将は魔王へと問いかけている。
「いかにも。貴殿は、アブジールという名の王子を知っておるか?」
「あ、アブジール王子? かなり昔に、魔王と刺し違えになって亡くなられたと聞き及んでいるが……。なぜ魔王がその名前を知っている!」
ファーレン中将は魔王に対して剣を向けながら、大声で叫んでいる。
一方の魔王は、その答えを聞いて安心したような表情を見せる。
「そうか。その言い分からすると、英雄という扱いを受けているのだな。そうであろう?」
「そんなことなどどうでもいいだろう。魔王、我々はここで貴様を討つ!」
「そうか……。時というものは残酷なものだな」
ファーレン中将の答えを聞いた魔王は、とても悲しそうな顔をしている。
だが、相手が戦闘の姿勢を見せたことで、魔王も構える。
「のした後で詳しく聞かせてもらおう。さあ、かかってこい!」
「者ども、魔王を打ち倒すのだ!」
「おーっ!」
魔王に対して、ファーレン中将とクリアテスの部下は、兵士たちをけしかける。
かなりの数が迫ってきているが、魔王はまったくもって余裕の笑みを浮かべている。
「どれ……。最近は体を動かしておらぬから、少し遊んでやろうではないか」
魔王は左肩に右手を当てると、首を軽く捻る。かと思えば、軽く腰を落として戦闘の構えを取る。
「さぁ、少しは楽しませてくれよ」
数百はいると思われる軍勢を目の前に、魔王は楽しそうな表情を浮かべるのだった。
―――
「ホーリージャッジメント!」
魔王が戦闘に興じ始めた頃、ククルはクリアテスに同じ魔法をお返ししていた。
その魔法が作り出した剣は、クリアテスの放った魔法の何倍もの大きなものとなっていた。
「ば、ば、ばかな!?」
目の前で見せられた力違いに、クリアテスは驚愕の表情を浮かべて後退っている。
こうなるのも無理はない。なにせククルの見た目はただのコボルト、しかもメイドだ。明らかに下っ端の下っ端と思われる魔族が、高位神官を超える魔法を放っているのだから。
「身の程を知りなさい!」
ククルは遠慮なく神聖魔法の剣を地面へと落下させる。
クリアテスの近くに落下した剣は、遠慮なく地面を砕いていく。ククルは防御魔法を展開して、実に涼しい顔をしてその様子を眺めている。
もうもうと上がった土煙の中では、何が起こっているのが分からない。その中で、ククルはまったくまばたきもすることなく、クリアテスたちのいる方をじっと眺めていた。
「お、おい、ククル……。さすがにやり過ぎじゃないか?」
心配になって駆け寄ってきたジャックが、おそるおそるククルに声をかけている。
ククルは声に気が付いて、くるりと振り返る。
「ごめんなさい。つい昔の恨みのせいで力が入っちゃいました。てへっ」
ものすごいすがすがしい笑顔で、ククルはジャックへと言葉を返している。
やがて、土煙が晴れてくると、そこにはとんでもない光景が出現する。
「あらあら、いい年した大人がなんとも情けない姿を見せてくれるわね」
そこに現れたのは、仰向けに倒れて泡を吹き、恐ろしさのあまり失禁してしまったクリアテスの姿だった。
あまりにも情けない姿だったので、申し訳程度にクリアテスの威厳を守ろうとして、ククルは洗浄の魔法を使うのだった。




