第88話 メイドコボルト、宣戦布告する
ククルが剣を抜き、クリアテスたちと対峙する。
ところが、その剣を向けられても、クリアテスはかなり余裕のあるような表情を見せている。
「コボルトのような矮小な存在が何を言いますか。剣が大きすぎて、まともに振るえるとも思えませね、くっくっくっ……」
余裕に見える理由は、ククルの身長よりも大きな剣が原因だった。
それに加え、ククルはメイド服という戦闘向きでない服装である。毛がゴワゴワしているので少し太く見える手足も、想像するよりも細い。それゆえに、とても振るえるわけがないという考えに至っても仕方のないことだった。
「それと、数百年前にお前を裏切ったといいますが、なぜ私たち教会の人間が、魔族ごときを裏切らねばならぬのですか。実にばかばかしい話ですよ」
クリアテスは、ククルの話を鼻で笑っている。
クリアテスは教会の人間。一方のククルはメイド服を着たコボルトという魔族だ。この状況であれば、クリアテスの言い分の方が当然と思われてもしょうがない話なのだ。
こんな態度を取られてしまえば、ククルはカチンときてしまう。
「確かにそうですよね。私にもあなたに恨みは……まあ、ありますけれどそれはこの際置いてあげましょう」
ククルはクリアテスの言い分に便乗しようとしたものの、ククールと分裂していた時のことを思い出してしまった。その時に、ものすごく失礼な態度をされたのである。
しかし、一応話の流れを変えないようにと脇に置くことにしたようだった。
『まったく、こやつは本当に教会の神官か? 我に気が付かぬなど、教会の人間ではあり得ぬ話だ』
ククルが気を取り直そうとしている最中、手に握られている聖剣が思わず疑問を呈してしまう。
その疑問が耳に入ったククルは、つい反応してしまっていた。
「しょうがないわよ、聖剣。誰だって私みたいな魔族が聖剣を平然と握っているなんて考えないもの」
『いや、しかしだな……』
ククルが聖剣に話しかけていると、その言葉が相手方にも届いたらしく、動揺が広がっているようだった。
「なに、聖剣?!」
「魔族なのに聖剣だって?!」
「魔族に聖剣が奪われたとは聞いていたが、まさか?!」
クリアテスの後ろで控えている兵士たちが、どよどよとしている。
さすがにこの状況はよろしくないと、クリアテスは落ち着かせようとしている。
「何を言いますか。魔族が聖剣を持てるわけがないのです。聖剣には魔を滅する力があるのですよ? あのコボルトの言い分はただのはったり。本気にしてはいけません!」
クリアテスの慌てっぷりに、ククルはとてもにこにことした笑顔を浮かべている。
聖剣を構えたまま、ククルは改めてクリアテスを睨みつける。
「数百年の時を経て、私はここに蘇ったのです。腐り果てた教会の人間たちなど、聖女たる私に敵うわけがないですよ」
「コボルトごときが何を言う。聖女を騙るなど万死に値します!」
「私はコボルトのククル。魔王様付きのメイドであり……」
クリアテスとのやり取りの中で、ククルは自分の名を大声で明かす。そして、言いかけた途中で一度ぐっと息を吸い込む。
「数百年前、魔王討伐の場において、裏切り者によって殺された聖女プリムの生まれ変わりなのです!」
「な、なんだと?!」
「おい、プリムってまさか……」
「ああ、魔王との戦いで死んだっていう昔の聖女の名前だ……」
ククルが大声で話した内容に、正面のクリアテスたちだけではなく、背後の兵士や冒険者たちも驚きを隠せなかった。
「聖女たる私が持つこの剣が、聖剣でなければなんだというのですか。魔王との決戦を前に私たちを裏切り、私を手にかけたスルランの子孫であるクリアテス。今日こそ、そのお返しをしてやるというのですよ!」
「な、なぜ、私のご先祖様の名を!」
ククルから飛び出てきた名前に、クリアテスは動揺を隠しきれなかった。
これで、クリアテスがにっくきスルランの子孫であることが確定した。これにはククルも思わずにやけてしまう。
「さぁ、クリアテス。ここで過去の因縁に決着をつけましょう。範囲身体強化!」
クリアテスへと向けて宣言を行うと、ククルは聖女プリム時代の得意魔法をひとつ披露する。
それは、自分を中心とした一定範囲の中にいる味方の能力を強化する範囲身体強化だ。
通常の身体強化は、指定した一人にしかかからないが、その分大幅に能力が上昇する。それに対して、範囲身体強化は能力の上昇が抑えられてしまうものの、一定範囲内にいる味方に対して数を制限せずに効果を及ぼすことができる。
これは、通常の魔族たちとの乱戦において、プリムが使用してきた得意魔法である。
発動させたククルは、その時の感覚が蘇ってきたのか、自信たっぷりの表情を見せている。
目の前で対峙するクリアテスは、弱小魔族のコボルトを前にしているというのに、その雰囲気に完全にのまれそうになっていた。なにせ、使っている魔法の規模が、自分の知る範囲を超えていたからだ。
とんでもないやつを相手にしている。
この時のククルは、クリアテスに恐怖を与えるにふさわしい状態となっていたのだ。
「さぁ、戦いを始めましょう。そのために来たのでしょう、クリアテス」
右手一本で聖剣をしっかりと握り、ククルはクリアテスへとその剣先を向けたのだった。




