第86話 メイドコボルト、心を固める
ひと晩滞在したククルは、魔王城へと戻ってくる。
「ただいま戻りました、魔王様」
「うむ、どうだったかな?」
魔王の部屋へとやってきたククルは、魔法へと今回の訪問の結果を伝えている。
話を聞きながら、魔王はこくこくと何度となく頷いているようだった。
「うむ。あの一瞬だけではあったが、思った通りあの領主は聡明な人物だったようだな」
魔王はとても満足そうである。
その様子を見ながら、ククルは魔王へと改めて質問をする。
「魔王様、こちらからは打って出るおつもりですか?」
「まぁそうだな。はっきりいって、あのスルランの子孫がいるとなれば、滅ぼしてやっておきたいからな」
ククルが改めて確認すれば、魔王はそれはとても楽しそうに笑っている。
なにせ自分たちが魔王を討伐するために攻め入った時、スルランが裏切りに回ったことで、アブジール王子と聖女プリムの二人で魔王と部下たちをまとめて相手にすることになったのだから。
たった二人で死地に向かわせておきながら、おいしいところだけをすべて奪っていったのだから、それは相当に恨みが溜まっていて当然というものである。教会というよりもスルランの子孫であるクリアテスを狙っているというのが実際のところだろう。
なんとも恐怖を感じるような笑みを浮かべている魔王だが、今度はククルへと顔を向ける。
「ククルも当然、此度の戦いには参加するのだぞ」
「ちょっと待って下さいよ。いくら聖女の頃の力を取り戻したとはいっても、まだわずかな時間ですよ? それに私はメイドでコボルト、戦力になるとは思えませんけどね!」
にっこりと微笑む魔王に対して、ククルはなんとも不機嫌そうに反応している。
そうかと思えば、魔王はククルへと手を伸ばし、ひょいと自分の膝の上に座らせていた。聖剣があるとはいえどまったくもってお構いなしだ。
『アブジール殿下、一体何のお戯れですかな』
さすがの聖剣もちょっと怒っているようだ。魔王に対して苦言を呈しているようである。
「何をいうか。余の婚約者を抱えて何が悪いというのだ」
「なななな……」
聖剣に対して主張する魔王。だが、そのささやきがククルのコボルトの耳の位置で行われたものだから、ククルは顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
「ままま、魔王様。こ、こ、婚約者というのは、前世の話ですよ。い、今は魔王とただの下っ端魔族ですから、そ、そんなことを仰らないで、下さい……」
顔を赤らめたククルは、魔王から完全に顔を逸らして文句を言っている。その姿が実に可愛らしいものだと、魔王はククルをきゅっと抱きしめている。
さすがに距離が近すぎるために、ククルはさらに真っ赤になってしまう。
「ふっ、耳の先まで真っ赤だな」
「だ、誰のせいですか……」
ククルは肩ひじを張ることで、なんとか威勢を保っている。だが、魔王を前にすれば、それはただの虚勢である。ククルのせめてもの抵抗というわけだった。
魔王はククルを抱きしめたまま顔を上げる。
「ククルを前線に出すのには、他にも理由はあるぞ」
「そ、それは、……なんでしょうか」
「他でもない。聖剣だ」
「せ、聖剣?」
ククルがくるりと顔を振り向かせる。
『まあ、確かにその通りだな。聖剣というのは魔王を討つための象徴だ。その旗印が魔族の側にあるわけだから、教会へと大きな打撃を与えることができる。それだけでも大いに戦意を削ぐことができよう』
「そ、それは確かに、そうですね……」
聖剣が魔王の意図を説明すると、ククルはものすごく納得がいったようである。
ところが、どうやらこれだけで終わりというわけではなさそうである。聖剣が話を続けている。
『あとだ。主が聖女プリムとしての力を取り戻したのであるならば、やつらの前で聖女の奇跡の数々を再現できるやもしれぬ。それを見せつけることができれば、いよいよ教会の権威は失墜するであろうな』
「……聖剣がそんなことを言ってもいいのかしら」
『構わん。我は常に正しき側に力を貸す。此度は主に正しさを見出したのだ。やつらに我の判断を覆す力など、ありはせんのだよ』
ククルの疑問に対して、聖剣はきっぱりと言い放ってしまっていた。
つまり、聖剣が魔族の側についたということは、それだけ人間側に問題が起きているという証である。
そのため、人間側に聖剣を取り戻すのであれば、人間にそれだけ自浄作用を求めなければならないわけだ。
『主よ、堂々と胸を張ってやつらの前に立つのだ。そして、我を振るうのだ』
聖剣にまでここまで言われてしまえば、ククルは聖剣の入った鞘を留めているベルトをつかんだ手に力が入る。
これは、ククルもいよいよ決意を固めたということだろう。その仕草が目に入った魔王は、柔らかな笑みを浮かべている。
「分かりました。元聖女として、恨みを晴らすというのはよろしくないでしょうが、間違ったものを正すという使命があります。魔王様とともに、前線に立ってみせましょう!」
ククルはいつになく気合いの入った表情で、魔王と聖剣を前にしっかりと誓いを立てていた。
「ふっ、それでこそともに戦った余の婚約者だ」
魔王はそういうと、ククルを膝の上から降ろし、立ち上がる。
「ザスカス! 近くに人間が攻めてくる。迎え撃つ準備を始めるぞ!」
魔王は側近であるザスカスを呼び、戦いのための準備を始める。
前世からの因縁に決着をつけるため、魔王は重いその腰を上げたのであった。




