第81話 メイドコボルト、帰郷する
数日後、休暇を取ったククルは、魔族としての故郷であるコボルトの集落へとやって来ていた。
「ここも久しぶりね。相変わらず変わらない感じだけど」
集落の様子を見たククルは、そのように感じている。
ただ、集落を出た頃とは、ククルの方の立場が大きく異なっている。
あの時はただのコボルト族の一人にすぎなかったのだが、今は魔王の専属のメイドであり、聖剣の持ち主だ。一応、聖剣に関しては魔王と聖剣のアドバイス通りに、簡単に剣の刃の部分に触れないように、ガッチガチに固めてある。
なんといっても、聖剣というのは魔族にとっては劇物だ。触れればたちまち皮膚は焼けただれてしまう。さすがに可愛い身内をそんな目に遭わせたくないので、ククルは言われた通りに剣を固めてあるというわけだ。
数日間の道のりを歩いてたどり着いた集落は、相変わらずののんびりとした空気に包まれており、外部からの襲撃がまったくないようで安心していた。
メイド服に身を包み、聖剣を背負った上から外套を羽織ったククルは、集落の入口へとやってくる。
「誰だ!」
さすがに最初は身構えられてしまう。
ところが、目の前に見えた人物が同じコボルトだと分かると、集落を守る門番は鼻をひくひくとさせている。
「なんだ、お前か。姿が違い過ぎて分からなかったぞ」
「お久しぶりです。私、魔王城でメイドをしていますので、その制服でやってきたんです」
「そうかそうか。本当にメイドになったんだな。おーい、集落を出ていった娘っ子が帰ってきたぞ!」
ククルがメイドらしい受け答えをすると、門番は集落の中へと呼び掛けている。
名前で呼ばないのはコボルトのほぼすべてが名前を持っていないから。ククルも集落にいた間は名前を名乗っていなかったために、このような呼ばれ方をしているのである。
しばらく待っていると、集落の中からぞろぞろとたくさんのコボルトか集まってきた。
「姉ちゃんだ!」
「お姉ちゃんだ、戻ってきたんだ!」
「うん、みんな。久しぶりね」
ククルのことを姉だと呼ぶコボルトたちが飛び出てくる。そう、ククルのことを姉と呼んだコボルトたちは、全員が弟や妹である。十数人いる兄弟の一番上、それがククルなのだ。
すぐに兄弟たちにもみくちゃにされたククルは、とてもにこやかな笑顔を見せている。
「姉ちゃん、家に戻ろう」
「うん、戻ろう」
「え、ええ。でも、その前に長老様にご挨拶をしてもいいかしらね」
「えー、分かったよう……」
ククルが長老に挨拶をしたいというと、兄弟たちは見事にそろって残念そうな表情をしている。コボルトたちは結構感情のままに動くことがあるので、こんな反応をすることもあるのだ。
ククルもそのことはよく分かっているので、それは複雑そうな表情をしていた。
兄弟たちを他のコボルトに任せたククルは、一人で長老のところへとやって来ていた。
「長老様、ただいま戻りました」
「ほう、ククルか。久しいな。どうかな、魔王城での生活は」
「はい、みなさんお優しくて、問題なく過ごせております」
長老と呼ばれた老コボルトは、ククルのことを名前で呼んでいる。なんと長老は、唯一のククルの名前を知っているコボルトである。
「そうかそうか。名前を名乗り、魔王城に行くとか言っていた時が懐かしいのう。おぬしの稼いでおる給金は、集落のために役立たせてもらっておる。本当にありがとうなぁ」
「いえ。私はコボルトが好きですから、当然ですよ!」
長老からお礼を言われたククルは、拳を握りしめながら鼻息荒く言いきってみせていた。
あまりにもしっかりとしたいいっぷりに、さすがの長老も一瞬目を丸くして固まってしまっていた。
とはいえ、そこはさすが長老。すぐに落ち着きを取り戻して、ククルの顔をじっと見つめている。
「そうかそうか。それで、おぬしの直感に従った結果、今はどうなっておる。わしにだけは、すべて話してくれぬかの」
「はい、長老様でしたら、すべてをお話します。私の話を笑い飛ばさずにすべてお聞きなってくれた方ですからね」
ククルは長老にすべてを話すことにした。
その最初として外套を脱いで、背中の剣を下ろす。目の前に置かれた剣を見て、長老は驚きのあまりに目を丸くしてしまっていた。
「これは、聖剣じゃな。おぬし、聖剣の主となったのか」
「長老様は、ご存じでしたか」
「うむ。だてに長老とは呼ばれておらぬからな。おぬしが名を得た時点で、うすうすは感じておった。ちょうど時を同じくして、魔王様が聖剣を奪ってきたという話も聞いたからのう」
「そうでしたか……」
長老とククルは、しばらく黙り込んでしまった。
やがて、長老がすくっと立ち上がって、何かを取りに移動していく。
そこにあったのは、このコボルトの集落では珍しい、引き出しのついたタンスだった。
「えっ、こ、これは……」
長老が取ってきたものを見た瞬間、ククルは思わず目を見開いてしまう。どうやらククルは、そのものに何やら見覚えがあるようなのだ。
「これは、わしの一族が代々受け継いできたものでな。とある人間から渡されたものらしい。これが、ククルがわしのところを訪ねてくる数日前から、キラキラと光り出しておったんじゃよ」
「なんだ……。私ってば、ここに生まれ変わるのは、約束されたようなものだったのね」
長老からの言葉を聞いて、ククルはぽつぽつと涙をこぼし始めた。
長老が持ってきたもの。それは、ククルがプリムだった時に持っていたものだったのだ。




