第75話 メイドコボルトはすっきりしたい
いろいろと考えたククルは、その二日後、改めて魔王に迫っていた。
「魔王様!」
「なんだ、ククルよ」
「あの、先日連れていっていただいた場所に、もう一度連れていってもらえませんか?」
そう、先日気を失って変な夢を見た場所にもう一度行きたいといっているのである。
それというのも、あの夢で見た聖女プリムと自分との関係性が気になって、調子がよろしくないからだった。
やけになって眠ってばかりでは、メイドとしての仕事に差し支えが出る。メイドである以上、仕事を放棄するわけにはいかないのだ。
だからこそ、ククルは思い切って、あの場所へともう一度向かうことにしたのである。
「それで、お前の気が済むのなら、しょうがないな」
魔王もやることはあるのだが、ここまで懇願されてしまっては、連れていかないというわけにはいかなかった。
あとで仕事を手伝ってもらうという条件の下、魔王はククルを再びあの地下の部屋へと連れていくことにしたのだった。
魔王の執務室から、隠された通路を通って地下へと降りていく。
この場所を通るのは二回目とはいえ、ククルはとても不安そうな表情を浮かべてしまう。やはり、コボルトからすれば魔王城の深淵は怖さしかないのだ。
だが、魔王ががっちり体を引き寄せて抱えているため、その恐怖は思いの外和らいでいる。
(魔王様は、魔族の頂点で恐ろしい方なのに……。どうして、こうも心が落ち着いてしまうのかな)
思わぬ状態にククルは戸惑っていた。
長い長い階段や通路を通り抜け、ククルは地下の空間へと再び足を踏み入れた。
そこは、とても地下とは思えない、とても高い天井と広い空間である。二度目とはいえど、やはり信じられない広さの空間だった。
「どうだ。何か変化はあるか?」
「いえ……。初めて見た時には何か思い出せそうな気がしたんですけれど……」
魔王の問い掛けに、ククルは表情を曇らせている。
頭を押さえている割に、それほど表情は青ざめてはいない。やはり、一度妙な体験をして耐性ができてしまったのかもしれない。
戸惑うククルを見かねたのか、ここまで黙っていた聖剣がようやく口を開く。
『仕方ありませんな、主』
「なによ、聖剣」
突然口を開いた聖剣に対して、ククルはものすごく不機嫌そうに声をぶつけている。
『我を持ったまま、あの玉座まで進むのだ』
「玉座まで?」
「ふむ、そうか……」
聖剣の言葉に首を傾げるククルに対し、魔王は何かが分かったようで、あごに手を当てながら数回頷いている。
「魔王様?」
その様子を見て、ククルはものすごく怪訝そうな表情を浮かべている。
「ククルよ。聖剣のいう通りにするのだ」
「どうしてですか」
「あの玉座は、代々魔王が座り続けてきたものだ。つまり、長い魔族の歴史の生き証人ともいえる。ならば、聡明なお前であれば、あとは分かるな?」
「分かりません。けど、私の不安が解消するならば、その言葉に従います」
魔王からいろいろと話をされたものの、いまいちククルはピンときていない。
しかし、あまりにも魔王が玉座に座れと勧めてくるものだから、ククルは納得しないにしても従うことにした。下っ端の魔族なのだ、魔王に逆らえるわけがないのである。
ククルは聖剣を背負ったまま、玉座に近付いていく。
しかし、目の前にやってきたところで、聖剣を背負ったままでは椅子に座れないことに気が付き、ベルトを外してその手に抱える。
『そのまま、ゆっくりと座るとよいぞ』
「分かったわよ。でも、いいのかしら。魔王様以外がこの玉座に座っても」
「余がよいと言っているのだ。何も気にすることはない。余は、魔族を統べる者だ。部下の不安を取り除くのも、立派な仕事であるのだからな」
いざとなると不安でたまらないククルであったが、魔王にまでこう言われてしまえば、いよいよ覚悟を決めるしかなかった。
聖剣を抱きかかえたまま、ククルはどうにでもなれという感じで玉座へと座る。
その瞬間だった。
「うわぁっ?!」
聖剣と玉座が反応し合い、ククルはまばゆいばかりの光に包まれていく。
『主、絶対に我を放すではありませんぞ』
「も、もちろんよ!」
あまりにも予想外な状況に慌てふためくククル。聖剣は今一度、自分を手放すなと強くククルに声をかけている。
強く頷くククルではあるものの、あまりにも光がまばゆすぎるために、どうしたらいいのかものすごく困ってしまっている。
段々と光が強くなっていき、やがてククルの姿が完全に見えなくなってしまう。
その状況を玉座のある壇の下で見守っていた魔王は、珍しく心配そうな表情を向けている。
「さあ、ククルよ。真の己を知ることだな」
魔王はそうぽつりとつぶやくと、部屋の隅っこの方へと移動していく。
壁際まで寄ると、魔王は寄りかかるようにしてその場に座り込んでしまう。
「余はここでお前の帰りを待っているぞ」
壁にもたれかかりながら、魔王はククルが包み込まれた光をじっと見つめているのだった。
光に包まれたククルは、やがてゆっくりとその意識を失っていってしまったのである。




