第74話 メイドコボルトは頭が痛い
翌日からは、ククルはようやく普通の業務に戻る。とはいえ、聖剣を抱えているがために他人を近付けることはできない。なので、魔王の部屋からはほぼ出られない状況だった。
魔王の部屋の掃除をしたり、魔王の代わりに書類とにらめっこをしたり、部屋にやってくるザスカスたちの相手をしたり、メイドとは思えないような仕事もたくさんこなしていた。
ところが、意外にもククルはそれらの仕事をしっかりこなしており、コボルトという種族でありながらも、少しずつではあるものの、魔王城のみんなから認められつつあるようだった。
そんな順調であるはずのククルではあるが、どうしても引っかかることがあった。
それは何かといわれたら、以前に魔王に連れていかれた部屋のことである。
地下にあった閉ざされた部屋で、ククルは予想もしていなかった夢に見たのだ。自分自身が、勇者とともに魔王を倒した聖女であるという夢だ。
その中に出てきた自分たちは、勇者であるアブジール王子が魔王と相打ちに、自分は悲しみに沈む中、胸を貫かれて死んでしまっていた。薄れゆく意識の中で、当時の魔王が自分たちにかけた呪いのようなもの。それらがいまだにククルの中でいろいろと引っかかっているのである。
(結局、あの夢は何だったのかしら。あのアブジール王子っていう人が魔王様で、プリムと呼ばれていた聖女が私だっていうのかしら。いやいやいや……、いくらなんでもそれは、ねぇ……)
やることを大体片付けたククルは、魔王の部屋の掃除を再度行いながら、夢の内容を思い返していた。なんと言ってもその夢は、どこか懐かしくて、何か知っているような感覚に陥っていた。
あの部屋に行ってからというもの、ククルの頭の中にはずっとそのことが引っかかり続けているのである。
聖剣も聖剣で、ククルの様子がおかしいことには気が付いている。
あれから二日が経過した日の夜のこと、聖剣はククルに確認をしてみることにした。
『主、ちょっといいか?』
「なによ、聖剣」
聖剣が声をかければ、ククルは少し不機嫌そうに言葉を返している。
『どうだ。聖女プリムとしての記憶、何か取り戻せているだろうか』
あまりにもドストレートな質問に、ククルは呆れて言葉を失ってしまう。
魔王も聖剣も、やたらとプリムという人物に執着しているからだ。
あんな夢を見たので、自分自身は確かに聖女プリムという人物かもしれない。だが、今の自分は兄弟のたくさんいるコボルトのとある一家の長女で、魔王城でメイドとして働くククルなのだ。
そんなわけで、ククルは聖剣の言葉に思わず黙り込んでしまったというわけである。
「まったく、私がその聖女だったらどうしたっていうのよ。というか、聖女だった人物が、どうして魔族最弱のコボルトに転生するっていうわけ? 魔王様なんて魔王っていう魔族最強じゃないのよ」
ククルは、かなり苛立っているようだ。
アブジール王子が魔王で、聖女プリムがコボルトという現実が、どうしても受け入れられないからだ。
ところが、ククルが文句を言うこの状況に対し、聖剣はなんと推測を話し始めたのである。
『プリムという人物は、なんでも一人っ子だったそうだ』
聖女プリムには家族がいなかったらしい。
ククルはなんとも複雑な顔をしているのだが、聖剣は構わずに聖女プリムのことについて、さらに話を続けていく。
それによれば、プリムは両親こそいたものの、兄弟はなし。その両親にも捨てられ、教会暮らしだった。
そして、プリムは大の犬好きでもあったそうだ。
教会では犬を飼っており、その犬を家族のように大切にしていたらしい。
その後、聖女として目覚め、聖剣を携えたアブジール王子と一緒に、魔王討伐の旅に出ることになった。
魔王討伐の旅の最中でも、聖女プリムは犬好きが発動しており、犬系の魔物を倒す時には、常に謝りながら倒していたのだとか。どれだけ犬が好きだったのだろうか、よく分かるエピソードである。
「うっそでしょ?」
『これが本当なのだようなぁ……』
驚くククルではあるが、聖剣はとても冷ややかに言葉を返していた。
あまりのエピソードに、ククルもまったくもって言葉がなかった。
それが本当だとすると、一人だったがために家族を欲し、犬好きが過ぎるために犬の魔族なったという、なんとも笑えない状況になるからだ。
犬の魔族であるククルは、聖剣の話していた推測を聞いて、顔を押さえて完全に下を向いてしまっている。
「ありえないわぁ……」
『だが、転生の魔法をかけたのは魔王だ。十分あり得る話ではあろう?』
「考えられるけど、納得できるわけないでしょうに……」
ククルはまったくもって顔を上げられないでいる。それだけとんでもないエピソードだからだ。
「うん、頭が痛くなってきたわ。ごめん、今日ももう寝るわね」
『うむ、すまなかったな。思い当たることとはいえど、主の気持ちをあんまり考えていなかった』
「……私が本当に聖女プリムだったとしたら、泣いていい?」
『泣いていいと思うぞ。はっきりいって、何の冗談かと、我も思うからな』
聖剣の返しに、ククルはまったく言葉が出なかった。
結局、大きなため息をつきながら、ククルはそのまま眠ることとなった。
聖剣から聞いた話が、何かの冗談であることを、本気で願いながら。




