第71話 メイドコボルト、魔王に付き合わされる
「んん~、よく寝たわ」
夜が明けて、ククルが目を覚ます。
体を起こしたククルは、自分の周りを見回してちょっと混乱しているようだ。
「あっ、そっか。私、魔王城に戻ってきたんだっけか……。うぬぬぬ、ククルとククールの記憶がごっちゃになってるなぁ……」
自分の口から出てきた言葉に、首を捻り始めている。
昨日までメイドであるククルと、獣人だったククールに分かれていたのだから、こういう反応になるのも仕方はないだろう。二人分の記憶が自分の中にあるために、ずいぶんと混乱しているようである。
ベッドから起き上がったククルが、いつものように顔を洗いに行こうとしてベッドを離れると、ものすごい衝撃が背中に襲い掛かってきた。
「あたたたっ?!」
勢いに押されて、そのまま床に座り込んでしまう。
背中を擦ろうとすると、何かが手に当たる。振り返ってみると、そこには聖剣があった。
「あちゃあ……。そっか、一人に戻ったから、聖剣がここにあるのね。しばらく解放されていたから、すっかり忘れていたわ……」
聖剣の丈以上に距離が離れると、背中に自動装着されることをすっかり忘れていたのだ。一人に戻ったために、解放されていた時の感覚でいたら地獄を見たというわけである。まったくもって、やれやれである。
『おはようであるぞ、主』
「ええ、おはよう。声をかけてくれればよかったのに……」
ようやく聖剣から声をかけられて、ククルは現実を理解した。だが、そのタイミングの遅さにうらみ節を言わざるを得なかった。
痛みが治まってきたククルは立ち上がると、顔を洗って服を着替える。すっかり着慣れた魔王城のメイド服である。
魔王付きのメイドとなったククルは、朝食のために魔王のところへと向かう。
「うむ、起きたか」
「おはようございます、魔王様」
「うむ。さあ、座れ」
「失礼致します」
なぜか、メイドであるにもかかわらず、朝食は魔王と同じ席で食べることになっている。メイドという立場を考えれば、異例中の異例の待遇である。
ククルの方は困った顔をしているものの、魔王の方は何食わぬ顔をしているので、特別扱いという意識はないのだろう。
「そうだ、ククル」
「なんでしょうか、魔王様」
朝食の最中に、魔王が話し掛けてくる。声をかけられたので、ククルは手を止めて反応をしている。
「朝食の後、連れていきたいところがあるのだが、付き合ってもらえるか?」
「私に断る権利があるとでも?」
「ふふっ、それは確かにそうだな」
魔王が優しい顔をして声をかけたというのに、ククルの方はしれっとした顔で冷静に答えている。しかも、間髪入れずにだ。
やはり、この頭の回転の良さは、コボルトにはありえないものである。本当にククルは、ただのコボルトなのか疑わしいというものだ。本当にコボルトであるなら「分かった」とだけ答えそうなものである。
魔王とのやり取りを終えたククルは、苦い顔をしながら残りの朝食を平らげていた。
朝食を終えたククルは、魔王と一緒に部屋から移動をしていく。
魔王のいるあたりは、行きかう魔族が極端に少ない。魔王という存在が、それだけ特殊ということなのだろう。
魔王の後ろを、黙々とククルはついて行く。
どこに連れていかれるのだろうかと、ククルは警戒のあまり、聖剣をつなぎとめているベルトをぎゅっと握りしめている。
しばらく歩いていると、見たことのない雰囲気の場所へと出る。
初めて見るはずの光景なのに、なぜかククルは懐かしさを感じてしまっている。どうしてそう感じるのか、ククルにはまったく分からないようだ。
ククルが戸惑う様子を、魔王はしっかりと把握している。そして、なぜかその姿に満足そうな表情を浮かべている。まったくもって意味が分からない行動である。
「さぁ、着いたぞ」
「えっ?」
魔王が立ち止まる。そこの目の前には、魔王の部屋よりもさらに巨大な扉がある。
「ここは……、痛っ!」
『大丈夫か、主よ』
「へ、平気……。でも、何か胸の奥がざわざわしている気がする」
思わず頭を押さえてしまうククル。聖剣が心配すると、今度は胸を押さえている。
ククルの様子を見た魔王は、やはりかといった感じの表情を浮かべている。
「さあ、入るぞ」
「は、はい」
魔王が静かに呼びかければ、ククルはそう答えるしかなかった。
大きな扉がゆっくりと開いていく。ギギギギ……という音を聞いて、ククルは思わずごくりとしてしまう。
(なんだろう……。初めて来る場所なのに、何か知っている気がするわ)
ククルの心の奥底だけではなく、全身の毛で何かざわざわとしたものを感じ取っているようだ。
怖い。
そう思いながらも、ククルは魔王の後について、部屋の中へと入っていく。
部屋の中はとても天井が高く、周りもものすごく広い。ただ、長く使われていないのか、とてもかび臭い。
コボルトは鼻がよいために、あまりのかび臭さに、ククルは思わず鼻を押さえてしまう。
それでもかまわず、魔王はどんどん遠くへと進んでいく。動きの止まってしまったククルの手を引きながら。
(こ、ここはっ!)
少し高くなった玉座を前にした時、ククルはものすごい衝撃を頭に受ける。まるで強く殴られたような、そんな衝撃だ。
「お、おも……」
何かを言いかけながら、ククルはその場に倒れて、意識を失ってしまったのだった。
倒れ込むククルの姿を、魔王はただじっと見つめ続けていた。




