第70話 メイドコボルトと見守る者たち
その夜、すーすーと寝息を立てているククルのところに、ひとつの影が迫ってきた。
誰かと思えば、それは魔王だった。
『何用なのだ、魔王よ』
「あまり大きな声を出すな。相手はコボルトなのだからな」
『関係ない、何の用だ』
静かにするように要求する魔王に対し、聖剣は強い口調で言い続けている。
「まったく、何百年ぶりに会ったというのに、つれないやつだな。お前とゆっくり話をするには、こういう時でもないと不可能だというのにな」
魔王は静かにククルのベッドの脇に椅子を運んできて座っている。
魔王は元々、聖剣を手にして当時の魔王と戦った勇者だったのだという。そんな元勇者と聖剣の再会が、このような場所でなしえようとは、一体誰が想像したのだろうか。
「プリムは、まだ記憶を取り戻さぬか」
『主はコボルトのククルだ。プリムであるという確証はあるまい』
魔王の言葉を、聖剣は真っ向から否定しようとしている。ところが、その否定を聞いて、魔王はくすくすと笑っている。
『何がおかしい』
「いや、魔族が聖剣の主になるということ自体が異例だろう。となれば、元々こちら側の人物だった可能性を疑わぬのかなと思ってな」
『それは……一理あるな』
魔王の立てた仮説を聞いて、聖剣は完全に押されてしまっている。これが魔王であり、元聖剣の持ち主の説得力なのだろう。
「余は魔王となってしまった以上、聖剣を握ることはできぬ。ククルがプリムの生まれ変わりであるのなら、代わりに聖剣の持ち主に選ばれても、何の不思議はないのだ。なにせ、最後まで余とともに戦ってくれた仲間なのだからな」
魔王は聖剣へと視線を落としながら、柔らかい表情を浮かべて話しをしている。
この話につい納得しかけてしまう聖剣だったが、ぐっと気持ちをこらえる。
『いやいや、あの時の勇者が魔王になったからといっても、魔族側に我の使い手が現れるというのは、いくらなんでもおかしな話ではないか。魔を討つもの、それが聖剣というものなのだからな』
「それについては、余も否定はしない。だが、もしやすると、現在の人間たちの中に、聖剣を扱うだけの資格の持ち主がいないということなのかもしれんな」
『……それは否めなくもない。クリアテスといったか、あやつからは邪悪な気が漏れ出ていた。教会の人間だというのに、あの邪気ではまともな奇跡も起こせはしまい。魔王に対して絶大な効果を持つ神聖魔法がまったく通じなかったことからも、ゆうに推測はできる』
魔王の言い分を聞いて、聖剣は事実と重ね合わせている。聖剣も同じような結論に至ってしまったようだった。
「第一だ。聖剣がそう簡単に魔族に奪われるところからしておかしいというものだ。部下をいくらか失いはしたが、聖剣がそう簡単に魔族の手に渡るわけがない」
『……そこを指摘されると、実に痛いものだな。だが、我もそれは疑問に思ったものだ。普通ならば、魔族に触られようものなら、その場で我の力で焼き尽くすはずなのだがな……。不思議とそういうことがなかったのだ。やはり、我は予感していたのだろうな、使い手が魔族の中に現れるということを』
聖剣はとてもしみじみとした感じで語っている。
それを聞いた魔王は、柔らかな笑みを浮かべている。
もう少し話し込んだ魔王と聖剣だったが、ククルの様子に異変を感じたのか、話をそこそこで切り上げることにした。
「これ以上は目を覚ましかねん。余は部屋に戻るとしよう」
『まったく、つい話し込んでしまったな。やはりアブジール王子だと再認識できたのは大きい』
「ふっ、懐かしすぎる名だ」
聖剣に名を呼ばれ、魔王は目を伏せながら笑っている。
再び目を開けた魔王は、聖剣へと視線を向ける。
「プリム……いや、まだククルだな。ククルはこれからも余のそばに置いて、仕事を手伝わせる。それで構わぬな?」
『我として問題ない。だが、害を加えるようであれば、アブジール王子とはいえど、容赦はしませんぞ』
「分かっておるとも。……いずれあの時のように話ができる日を楽しみにしているぞ」
魔王は最後にそう言い残し、ククルの部屋から去っていった。
聖剣の置かれたサイドテーブルの横では、ククルがくるりと寝返りを打っている。相当に疲れているのか、本当にぐっすりと気持ちよさそうに眠っている。
『本当に、聖女プリムの生まれ変わりなのだろうか……。だが、このククルというコボルトは、コボルトというにはいろいろとおかしな点があるのは事実だ。生まれ変わりと見た方が、つじつまが合いそうなのも事実だが……果たして……』
聖剣は意識をククルへと向けながら、魔王の言葉を思い出しながらいろいろと考えている。
しかし、自分がいろいろと考えてみたところで、事態が動くわけでもない。
ククルが眠っている間なのだ。ひとまずククルに関して考えることはやめ、自分の果たすべき使命について考え直すことにした。
自分がなぜ人間の手を離れ、魔族の側にその使い手を見出したのか。
一晩中考えた聖剣ではあったものの、その答えはついぞ出ることはなかった。
となれば、聖剣のすることはただ一つ。ククルを主として、主のためにその力を使うこと。ひと晩悩んで出した結論は、結局そのシンプルなものに至ったのだった。




