第69話 メイドコボルト、一人に戻る
魔王の部屋の中には、ククルが立っていた。
「ただいま、私」
「おかえり、私」
ククルとククールが互いに挨拶をする。
はっきりいって、もう一人の自分が目の前にいるという状態は、気持ち悪いとしか言いようがない。しかし、二人にはそのような様子は見られない。聖剣の使う魔法だからこそなのだろうか。
「さて、そろそろ一人に戻してやってくれぬかな、聖剣よ」
『うむ、分かった』
魔王が聖剣に声をかけると、その通りだなと聖剣は返事をしている。
『主よ。二人で両手を握り合ってくれぬかな』
「えっ、どうして?」
聖剣が呼び掛けると、ククルとククールが同時に返事をしている。さすがはそもそも同一人物である。まったくもって同時に言葉を発していた。
『二人に分かれていた状態を一人に戻すのだ。離れているよりは、つながっていた方がやりやすいというものだ』
「そ、それもそうね。でも、戻すならメイドの方の姿にしてちょうだいよ?」
『分かっておる』
説明を聞いた上で、ククールが聖剣に注文を出している。
ククールは元々メイドコボルトのククルなのだ。だから、メイドコボルトの姿に戻るのは当然というわけである。聖剣もそれを重々承知しているので、即答しているというわけなのだ。
ククルとククールが、手をつないで額を軽く合わせている。この方がさらにやりやすいだろうという、獣系の魔族ならではの直感からくるものだった。
魔王は巻き込まれないようにちょっと距離を取った上で、二人の様子をじっと見守っている。
『では、始めるぞ』
「いつでもいいわよ」
聖剣の呼び掛けに、やはり同タイミングで返事をしている。
ククールの背中にある聖剣が、光を放ち始める。それと同時に、二人の足元に魔法陣が現れ、魔力の霧が発生して二人の体を包み込んでいく。
やがて、魔力の霧がすっぽりと二人を包み込む。
段々と魔力の霧が薄れていくと、そこにはメイドコボルトであるククルの姿だけが現れた。もちろん、その背中にはしっかりと聖剣が背負われている。
「あたたた……。頭が痛いわ……」
元に戻ったククルは、頭を押さえている。
『それはそうだろう。二人に分かれていた間に蓄積された記憶が、ひとつにまとまったのだからな。記憶の処理が追いつかずに頭痛が起きているというわけだよ』
「まったく、そういうことも考えてやってちょうだいよね。結局事態をややこしくしただけじゃないのよ」
聖剣が冷静にいうものだから、ククルはついカチンときてしまっていた。誰のせいでこうなったといいたいわけである。
背中から聖剣を取り外したククルは、自分の目の前で聖剣を鞘ごと破壊する勢いで握りしめている。
だが、コボルト程度の握力で聖剣を破壊することなど、できるわけがないのだ。結局、硬さに負けたククルは、その場に聖剣を置いて息を切らせていた。
「ふふっ、そういうところは、聖女プリムを思い出させるな」
様子を見ていた魔王が、笑いながらククルへと近付いていく。
「犬の魔族であるコボルトにはなっているが、その瞳にその性格、本当にプリムそのもので懐かしいものだ。だが、記憶は戻っていない。なんとも寂しいものだな」
片膝をついて、ククルのあごをつかんで自分へと向かせる魔王。
魔王の顔が近くにあるというのに、この時のククルは思いの外、魔王を怖がることはなかった。
(なんだろう、この気持ち。魔王様は怖いはずなのに、どうして逆に気持ちが落ち着いてしまうの?)
まったくもって予想外の状況に、ククルは驚きを隠せなかった。
だが、さすがにいつまでも魔王とべったりしているわけにはいかないと、ククルは魔王を両手で押して距離を離そうとする。
自分は最弱魔族のコボルトだ。魔王とこんな近い距離でいること自体おそれ多いと考えたからだ。
ところが、勢いよく押してしまったものだから、ククルは魔王から弾き飛ばされてしまう。おまけに聖剣との間に一定の距離が空いてしまったので、聖剣が無理やり装着されるというおまけつきだ。
尻もちはつくし、背中には聖剣がぶつかってくるしで、たったひとつの行動で、ククルは大打撃を受けていた。
「痛たたた……。もう、信じられないわ……」
背中とお尻を擦りながら、ククルはものすごく痛そうな顔をしている。そのあまりにも間抜けな姿に、魔王は必死に笑いをこらえている状況だ。
まったく、せっかく元の状態に戻ったというのに、早速踏んだり蹴ったりのククルである。恥ずかしくてたまらない状態だった。
「ククル、今日のところはもう休め。また明日にでも、ゆっくり話をしようではないか」
「し、しかし、魔王様……」
笑いをこらえながら命令をしてくる魔王に対し、ククルは食い下がろうとしている。
ところが、その時の魔王の目を見たククルは、なぜかそこで言葉を止めてしまうのだった。
「……承知致しました。では、本日はお休みさせていただきます」
「うむ。少しでも気持ちと記憶の整理をして、万全の体調で余のサポートを頼むぞ」
「はっ」
ぺこりと頭を下げたククルは、現在の自分の部屋へとおとなしく下がっていく。
その前に、ククールの時に着ていた服が床に落ちていることに気が付いて、しっかりと回収していくことを忘れなかった。
ようやく一人に戻れたククルだが、その前途はまだまだ多難のようである。




