取引、再び
俺は唖然として教授を眺めた。
根本的解決? 呪いそのものをどうにかするーーだって?
確かに、言われてみれば考えたこともない。でもそれは、教授の口ぶりを真似るなら必然的な帰結ってやつだ。
「それが出来るならやってるさ。でも無理なんだ、そんな事俺たちにはーー」
「出来る訳がない、と? 何故そう思うのかね? 我々は部分的にとは言え呪いのメカニズムを解明したのだよ?」
教授は不敵に笑う。
先ほどまでの不機嫌が嘘のように、ご機嫌に語りだす。
「それにだ、これまでは無理だったかもしれないが、今は状況が違うだろう? 君達が望むのならば、このシェオル総督たる私の庇護のもと、呪いの解明に当たることができるんだよ? 自分で言うのもなんだがね、このシェオルにおいて私以上の後ろ盾はいない。君達の行動を妨げるものは排除できるし、必要ならば囚人達や看守達を使うことも出来る」
目を爛々と輝かせ、楽しげに語る教授に身震いしそうになる。
どこか恐ろしいとすら感じる。
俺は知ってる、こういう時の教授は何かずっと先に事を考えているんだ。
「弟妹達の為ならば己の命すらかえりみない君が、なぜ私を利用しようとはしないんだね?」
挑発するように口端を釣り上げた笑みが俺に向けられる。
呪いそのものをどうにかする。
つまり、呪いを解くーー?
そんな事が本当に出来るのかどうか、俺にはわからない。
けど考えてみれば、教授の言うことにも一理ある。
いつ異形になってしまうかもわからない状況で、ずっと先のことを考える余裕なんて無かった。
先の事を考えれば、希望よりも先に確実にやってくる終わりが見える気がして恐ろしかった。
でも今は?
さっき教授が見せた薬。俺を治したのがアレだって言うなら、俺はまだしばらくは人のままで要られる。俺だけじゃない、弟や妹達もだ。
暮らしぶりも、以前じゃ考えられないほど良くなった。俺たちはやっと先を考える事ができるようになった。
俺たちが考えなきゃならないその先ーー。
「呪いを解く……か」
口にしてみてもまるで実感はわかない。
その方法もまるで見当もつかない。
それに疑問も湧いた。
教授が親切心で俺たちの為に呪いを解こうとしているなんて、到底思えない。
だって、教授は何故自分を利用しないのかと言った。
ようするに、教授もまた俺たちを利用するつもりだと言う事だ。
俺たちの呪いを解くことが、教授にとっての何か別の目的の役に立つと言う事か?
それは一体なんだ?
酷く恐ろしい何かに手を貸そうとしているような、そんな気がして恐ろしかった。
「以前、取引の話をしたねテッド君」
思案の海に沈み込んでいく俺を、教授の声が引き戻す。
思わず見上げたその先で、教授は静かに笑みをたたえていた。
「その続きをしようじゃないか。まずは立ちたまえよ。取引とは対等でなくてはならない。君が床に膝を折ったままで出来る話ではないからね」
そう言って差し伸べられた手を、取って良いものかどうか迷った。
でも、呪いを解く事ができるのなら、プリシラだってこれ以上苦しまずに済む。
そう考えれば、その手が悪魔の手だとしても、取る以外の選択肢は俺には無かった。
掴んだ手に引き起こされて俺は立ち上がる。
その様を悲しげに見つめるプリシラの顔を、俺は見ないようにした。
プリシラはまた自分を責めるかもしれない。でも、だからと言って何もしない訳にはいかない。
独り善がりでもいい。腹は括った。
以前話した教授との取引の話を思い出す。あの薄暗くて饐えた臭いのする地下水路でのことだ。
教授は確かこう言っていた。
「俺をアンタに売り渡して、プリシラを買い戻す、って話だったよな」
穿つような視線を送った先で、教授は頷いて見せる。
「そうだ。だが、少し状況が変わったからね。条件は変えさせてもらう」
口元に笑みをたたえながら教授は目を伏せた。
条件を変える? どう言う事だ。
教授を見る目は否応なく胡乱なものになる。教授はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「そう怖い顔をしないでくれ。悪い条件では無いよ。私の目的はこの街に蔓延る呪いのメカニズムの解明だ。君にはそれに協力してほしい。そしてそれが成ったのならば。君自身を買い戻せるだけの報酬を支払おうじゃないか」
俺自身を買い戻すだけの報酬だって?
それが本当なら、教授の目的が達成された時には俺も自由の身になれるってことか。
でも逆に考えれば、それまでは教授の所有物扱いを受けるってことだ。
それに教授は目的を呪いのメカニズムの解明と言った。
それを達成したかどうか、判断するのはもちろん教授だろう。だったら、取引の完了は全て教授の匙加減ってことになる。
けれど、その過程で呪いは解けて俺たちは真っ当な人生を手に入れられる。
なるほど確かに、食えない話だけど悪い話じゃ無いらしい。
「協力するのはやぶさかじゃ無い。呪いが解けるかどうかなんてわからないけれど、解ければ良し、解けなくても今と変わらない。そう考えれば少なくとも俺たちに損はない。けど、何をさせたいのかははっきり言えよ。俺に何をさせようってんだ」
真っ直ぐに見つめた先で、教授は鼻を鳴らした。
「そうだな、失礼した。目的は明確に示さなければね。ふむ、さしあたってはーー」
意味深に言葉を切った教授に、どうにも嫌な予感がした。
何かとんでもないことを言い出す、そんな予感がする。
そしてそれは、間違ってなかった。
「枢機卿を屠る。その為に動いてもらおう」
愕然と目を見開いた俺の目の前で、教授は楽しげに笑っていた。




