拒絶(後編)
沈黙を破ったのはプリシラだった。
「違うのテッド。あれは……、あの衝動は私の中にあったモノなんだよ。ずっと、ずっとどこかで、テッドを私だけのモノにしたいって思ってた。呪いはその箍を緩めただけ」
ダメだ、そんな風に考えるのは。
だって仕方のない事じゃないか。プリシラにはどうにも出来なかった。
「やめろよ……」
力無く制止する声も、プリシラの声にかき消される。
「私は……私の中の醜くて浅ましい衝動をテッドに知られたくなかった! だから! 何度も殺してってお願いした。あの時も、この間も! それでテッドがどれほど苦しむか、痛いほどわかってたのに。酷いよね……。私はずっと自分の事ばかり……。わかったでしょテッド。私はーー」
「やめろよっ!」
プリシラの声をかき消すように、俺は怒鳴った。
堰を切ったように叫ぶプリシラに、その悲痛さに。俺にはまっすぐ受け止める事ができなかった。
情けない。ほんと情けない。
「ごめんね……テッド。最初からこうすれば良かったんだよね」
扉から遠のいて行く声に、胸の奥が酷くざわつく。
掴みかけた希望が指の隙間からこぼれ落ちていくような。
「テッドが無事なの、わかって嬉しかった。今度こそ、自分で出来るから。ちゃんと……終わらせるからっ!」
うわずった声は遠ざかってゆく。
それから聞こえたガタガタと軋む窓の開く音。
息苦しい。浅い息を何度も吐いて、冷静さを保とうと腐心しても、まるで上手くいかなかった。
(待てよ……、何する気だよプリシラーー)
頭がクラクラする。
良くない予感にみっともなく狼狽えて、足が竦む。
「ーーテッド君!」
教授の叱咤するような声に我に返った。
一瞬の目配せ。
教授は頷いたような気がする。
別にどうだって良い、プリシラのことに比べたら些細なことだ。
「止めろプリシラっ!」
俺はドアを蹴破って部屋の中に飛び込んだ。勢い余ってもんどり打った先で、窓辺に半身を乗り出したプリシラの姿が目に映る。
悲嘆に暮れて涙を流す姿に胸が締め付けられた。でも、それでもーー。
「止めるんだプリシラ。俺たちは自殺なんかできない。そんな事をしたら、生きる事を諦めてしまったら、すぐに異形になってしまう。それぐらいわかっているだろう!」
「それで良いの! テッドを傷つけるだけの私なんて居なくなれば良い!」
(何でだよ、何でこうなるんだよ!)
血が滲むほど唇を噛みしめる。
わかってる、全部呪いのせいだ。
俺や、プリシラの中にある呪い、なにもかもそのせい。
憎い、俺たちを縛るこの呪いが。
それをどうすることもできない自分の無力さが。
「俺の……俺の気持ちはどうなるんだよっ!」
やり場のない怒りに任せてがなり立てた。
プリシラの華奢な体がビクリと震えたのが見えた。
(はは、とんだお笑い種だ……)
俺も結局、自分の事ばかりだ。
そんな自己嫌悪が首をもたげても、もう止められなかった。
「じゃぁ何のために助けたんだよ! 居なくなりたいなんて言うなよ! 生きていてくれよ! 生きようとしてくれよ……。でなきゃ俺は……」
胸が締め付けられて、息苦しくて息が上手く吸えない。
怒鳴るようだった声も枯れて、最後には消え入りそうになる。
「嫌だ、もう嫌なんだ……。頼むよ……俺を、置いて行かないでくれ……プリシラ……」
涙をためた瞳が俺を見る。
震える腕をプリシラへと伸ばした。
でも、プリシラはその手を取らない。
悲しみに暮れた瞳が俺から逸れる。
「俺の血でも肉でも、他の何だって構わない。お前にやるよ……俺の全部! 何もかも! だからっーー!」
「いつだってそう……テッドは優しいね。でも……ダメなんだよ……。私、テッドの優しさに甘えて、傷つけてばかり……。ごめんね、ごめんなさい。そんな自分が嫌なの。私なんか、生きている価値がないのに……」
涙を流しながら微笑んだプリシラの前に、俺はがくりと膝を折る。
膝の上で握り締めた拳に、涙が落ちた。
泣いていた。
外聞も気にせずに、涙が溢れ出すのを止められなかった。
どうしてこうなってしまうんだ。
怒りと悲しみと、遣る瀬無さと。色んなものが胸の中で嵐みたいに好き勝手に吹き荒れて、どうすることもできない。
でもその時だ。
赤ん坊のように背中を丸めてうずくまった俺に、教授の声が聞こえた。
「ーーまったく、聞いていられないな」
呆けたように見上げて目にした教授は、酷く不機嫌そうだった。




