拒絶(前編)
ついて来いと、さっさと先を歩き始めた教授を追って俺は執務室を後にした。
たどり着いたのは、作りのしっかりとした扉の前。
総督の執務室から廊下を少しばかり歩いた所にあるその部屋は、総督に充てがわれる私室の一つなのだと教授は言った。
この中に、プリシラが居る。
そう思うとなんだか胸が詰まるようで、俺は深く息を吸い込んだ。
ガラにもなく緊張している自分に気が付く。
だけど、いつまでもこうして扉を眺めていても始まらない。俺自身、プリシラの無事な姿を早く見たかった。
固唾を飲んで、遠慮がちにそっと扉を叩く。
けれど、中から返事はない。
部屋の中に人の気配はある。プリシラは中にいる。それは間違いがない。
また初めて会ったときみたいに、人形のように戻ってしまったのか。
そんな疑念がよぎる。けど、それなら変だ。
教授は手を焼いていると言った。人形のプリシラは教授に絶対服従のはずだ。
だとしたらーー。
(一体どういう事なんだ?)
胡乱な視線を向けた先で、教授は廊下の壁背を預けたまま、かぶりを振りながら肩をすくめた。
いつもなら、こちらから何か尋ねる前から何かしら語り出しそうなものだ。それなのに、どういう腹つもりなのか、今に限っては成り行きを見守るだけで口を挟む気はないらしい。
俺は扉に向き直り、大きく息を吸った。
「プリシラ? 俺だよ、テッドだ。入ってもいいか?」
意を決して声をかけた途端、部屋の中からガタンと音が響く。
椅子か何かが倒れるような、そんな音だ。
「ーーッド、本当に、テッドなの?」
一瞬耳を疑った。
聞き覚えのあるーー。いいや、絶対に聞き間違ったりしない声が、酷く狼狽して震えている。
それからゆっくりと、気配は扉に近づいて来る。
(プリシラが話してる⁉︎)
思わず振り返り教授を見た。
教授はただ頷いただけ。
これがどういう事なのかよくわからない。
そう言えば、プリシラの異形化を解こうとして相対した時も、プリシラは俺の名を呼んだ。
人形の身体の中で、プリシラの心と呪いの力が拮抗する瞬間を、俺は確かに見た。
結局またも気を失って、あの後プリシラがどうなったのか俺は知らない。
でも、少なくとも今、プリシラが牢に入れられていないという事は異形化は収まったという事なんだろう。
だったら、呪いが弱まった今ならもしかしたらーー。
わずかな希望が胸の中に生まれて、高鳴ってゆく鼓動に声を上げずにはいられなかった。
「そうだよ、テッドだ。プリシラ、お前もしかしてーー」
「テッド! 無事なのね!? 私ーー私てっきりあなたをーー」
俺の言葉を遮る、プリシラの取り乱した声。
取り乱している。そうだ、感情があるって事だ。
思わず笑いがこみ上げる。
「殺しちまったと思ったか? あいにくまだ生きてるよ」
軽口を叩く。
嬉しかった。俺の声にプリシラが答える。その事がただただ嬉しかった。
感情のこもった声がする。プリシラが生きている。その事が何よりも。
「なぁ、顔を見せてくれよプリシラ」
ドアノブに手をかける。
会いたい。プリシラに会いたい。
抱きしめて、無事を確かめたい。
酷く焦れったかった。この向こうにプリシラが居るのに。
だけどーー。
「ダメ……ダメだよテッド。だって私、テッドに合わせる顔がないもの」
返ってきたのは拒絶。
酷く沈んだその声に、胸騒ぎがする。
殺してしまったかもしれないと思うほど、俺をボロボロにしたことを気に病んでいるのか。だったらそんな事気にしなくていい。
「何言ってるんだよ。二人とも無事で、生きてる。終わったんだプリシラ。それで良いじゃないか」
そうだ、プリシラは帰ってきた。
呪いが無くなったわけじゃない。ロクでもない結末をただほんの少し、先送りにしただけなのかもしれない。
でも今はそれで良い。心の底からそう思う。
それなのに。
「ダメなの! だって……、だって私! 全部覚えてるんだもの!」
ドア越しの悲痛な声は、俺を拒絶する。
自分の笑みが引き攣るのがわかった。
「私、テッドを殺そうとした。それだけじゃない、私……私は! テッドを犯そうとしたんだよ!」
あのときの光景が目に浮かぶ。
プリシラは俺を押し倒して、それからーー。
でもそれは。
「そ、それは呪いのせいだろ」
震える声で反論した。
そうだ、そうに決まってる。
自分の浮かべた笑みが、乾いてひび割れていくような感覚。
わずかな沈黙が流れる。ほんの一瞬だったんだろうけど、酷く長く感じる沈黙だった。




