決死の覚悟
それにしたって、ひどい考えもあったもんだ。
そんな事考えもしなかった。
やっぱり教授はイカれてる。
そんな事を考えながら、俺はプリシラに対峙している。どれぐらい時間が経ったのか、全然わかならない。
プリシラはあいも変わらず、獲物を見る目で俺を見ている。
悪趣味なことに、顔だけは異形化していない。その顔が、獲物をいたぶる愉悦に歪んでいる。
かく言う俺の方はと言えば、そりゃもう酷いもんだ。
ナイフぐらいなら軽く弾く鱗化した腕も、異形化したプリシラの爪の前じゃ紙切れみたいにあっさり裂かれる。
致命傷を避けるのがやっとのことだ。
床が自分の流した血でヌメッているのがわかる。
このままじゃ、目的を達成する前に失血死するか、そうでなくても気を失うのは時間の問題だった。
勝負に出るなら急がなきゃならなかった。
教授の考えた作戦はこうだ。
俺たちの中にある呪いの力は、同種の力で相殺できる。反発作用がどうだとか教授は興奮してたけど、要は別の種類の呪いを取り込めば、ある程度自分の中の呪いを抑えられるって事だ。
それは経験として理解できた。
俺自身、動く骸骨の黒骨を砕いて飲んで、呪いの力を抑えてきたんだから。他の弟妹達もそうだ。
だからその理屈はよくわかる。
でもそれはいずれ効かなくなる。
その事も俺たちはよく知っていた。今、目の前にいるプリシラがそうであるように、いずれ俺もそうなる。
俺たちはそれを単純に限界なんだと考えてた。そもそもが誤魔化しで、そんなものがいつまでも続かないって、どこかでずっと思っていたからだ。
けど教授は言った。黒骨が効かなくなるのは、異形化の進んだ体の中にある強くなった呪いの力と、取り込む呪いの力のバランス、その釣り合いが取れなくなるからだと。
だから、もっと強い呪いを取り込めばいいのだと。
でも、だからってーー。
「自分を食わせるなんて考えるかよ普通っ!」
迫るプリシラの爪を振り払いながら俺は叫んだ。
ついでと言わんばかりに、それだけで俺の腕には深い切り傷が刻まれる。
全くひどい作戦だ。
理屈は合うように思えた。同じぐらい異形化の進んだ呪い子の呪いなら、それに釣り合うんじゃないか? と、そういう事だ。
この異形化した鱗か、血か肉か。何が効果があるのかはわかない。だから何もかも試すしかない。
詰まる所、俺の目的はプリシラに俺を喰わせる事。
目的はもう一つ。
プリシラの手足を外す事だ。
そうだ、教授が地下水路の中でやったように、プリシラの異形化した手足を本体から切り離す。
そうすれば、成功する確率もいくらかは上がるだろうと教授は言った。
呪いの力の強さが、量と質の二つの側面を持っていたとしたら、手足外して本体から切り離せば、少なくとも量の点で呪いの力が弱まるはずだと。
まぁどちらにしても。組み伏せるかどうにかしなきゃやれそうにない。
ついでに言えば、プリシラは両腕をそれぞれ鎖で壁につながれいる。
情けない話だけど、それで互角以下だ。腕を外すたびに、プリシラの動きは自由を取り戻す。
その分俺の勝ち目はドンドンなくなっていくって寸法だ。
「全く……ロクでもない……作戦考えやがって!」
息も絶え絶えに悪態を吐く。
身に迫る鋭い爪を、身をよじって躱したはず背中に走る激痛。
「がはっ……!」
不味い、あぁ本当に。
ただでさえ裂かれた額から流れた血で霞む視界が、揺らぎ始める。
血を失いすぎたんだ。
どうやったって集中が途切れる。
だからそれは仕方のない事だった。
自分の流した血溜まりに足を取られるなんてことは、だ。
「ちっくしょぉ!」
覆い被さるように襲い掛かるプリシラに、俺はなす術なく組み伏せられた。
べちゃりと、自分の血でできた血溜まりに無様に沈む。
叩きつけられた床にしたたか頭と背中を打ち付けて意識が遠のく。
が、それも両肩を襲う激痛が引き戻した。
ざまぁない。
これじゃ立場があべこべだ。
でもまぁ、俺を喰わせるって目標だけはどうやら達成できそうだった。
なんとか腕を動かそうと身動いだけど、肩にめり込んでいく爪の痛みにそれもままならない。
荒い息遣いをまじかに感じる。
顔を寄せスンスンとプリシラが匂いを嗅いだのがわかった。
霞む視界の先で見たのは、愉悦に歪むプリシラの顔。妖しく舌なめずりするその口元に目が釘付けになる。
ゆっくりと。酷く、ゆっくりとその口が開くのを俺は見た。
そしてーー。
「ぐあぁぁああああああああっ!」
肩口に走る激痛。
プリシラの歯が鱗のようになった肌を食い破り、肉に達する。
肩口に噛み付かれている。そして、プリシラは俺の肉を噛みちぎった。
俺を組み敷いたままプリシラが、そのまま背筋を伸ばし、恍惚とした様子で暗い天井を仰ぎ見る。
鱗化した皮膚をバリバリと噛み砕く音が聞こえ、背筋がぞわぞわとするような、くちゃくちゃという咀嚼音が続く。
肩から派手に吹き出した血に、また意識が遠のいた。
プリシラが俺の血肉を呑み下す様を、ますます霞んだ目で他人事のように見る。
でもーー。
喰った。今確かに喰った。
予定とは随分と違う形になったけど、確かにプリシラは俺の肉を食ってその血を飲み込んだ。きっと呪いで変質した鱗もだ。
何か変化が、何かがあるはずだ。
わずかな希望を抱いた視線の先で、プリシラがぶるりと身を震わせた。
だけど、無情にも再びを俺を見たプリシラの顔は歓喜に満ちていた。




