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一人のチカラ


 なんでコイツは笑ってられるんだ。

 放心したまま見上げた教授は、腕を組み細顎を撫でながら低い天井を見上げた。


「ふむ、少し頭を冷やす必要があるか」


 そう呟いて教授は身を翻す。

 少しばかり考える素振りを見せてから、おもむろに看守達を指差した。


「そこの君と君。呪い子(カーズド)の居住区まで行って、子供達に私の執務室までご足労願えるように伝えて来なさい。くれぐれも丁重にお願いするんだよ。私の客人として扱うんだ。良いね?」


 あからさまに不服を顔に出した看守達に、教授はひらひらと手を振り、行けと促した。

 気乗りしないと、口にできない思いを体現するような、重い足音が遠のいて行く。


「さて、この場所にいては君は少々冷静さを欠いてしまうようだ。場所を変えようか。マルク君達にもご足労願う。作戦会議といこうじゃないか」


 そう言って教授は楽しげに目を細め、俺に手を差し伸べた。

 どこまでも勝手な奴だ。そう思いはしても、その手を振り払う気力すら、俺には無かった。





 

 頭がぼぉっとする。

 目の前には湯気の立つティーカップ。


「冷めないうちに飲むといい。ハーブティーだ。少しは頭がスッキリするさ」


 ぼんやりと見つめた先で、教授がソファに腰掛けティーカップを傾けていた。

 ここは、どこだっけか。

 そうだ、確かーー。

 教授に引きずられる様に連れてこられたんだ。教授はここを執務室だと言っていた気がする。


「現状を理解してもらうためには、見てもらうのが手っ取り早いと思ったのだがね。どうやら思慮が足りなかった様だ。よもや、君があそこまで取り乱すとは。人の心の機微に疎い自覚はあるのだが……すまない事をしたね」


 言葉では()びて見せても、悪びれる様子もない。詫びる気があるのか無いのか、まるでわからない。

 いつものごとく、言いたいことだけを言って、教授は一人澄ました顔でお茶をすする。


 どうにも落ち着かない気分を持て余して、カップのお茶を少しばかり口に含んでみた。

 飲んだことのない不思議な味が口の中に広がる。

 美味いとも不味いとも言えないのは、今までこんなものを飲んだ事がなかったからだ。


 ただ、教授がそう言った通り、いくらか頭がスッキリとしてくる。

 そうなって来ると、つい今しがた晒した醜態が思い起こされてどうにも居心地が悪かった。

 うっすらと目を細めて黙り込んでしまった教授の、その何か言いたげな視線に耐えかねて、口を開こうとしたその時。執務室にノック音が響いた。


「来たかーー。構わない、入りたまえ」


 教授は静かにそう告げる。

 遠慮がちに開く扉。

 それから、パタパタと軽い足音が近づく。


「兄さん!」


 マルクだった。腕の中に男の子を抱いている。ビクビクと怯えながら不安そうに顔を向けたその子はジュード。下の弟。


「おねぇちゃんこっち」


 そう言って女の子が少し年上の女の子の手を引いて近づいて来る。

 手を引いているのがデイジー。引かれているのがリリー。ほとんど血の繋がっていない俺たちの中で、唯一血の繋がった双子の姉妹。

 俺の、俺の 弟妹(きょうだい)たち。

 俺の顔を見たマルクが、少しばかりホッと胸を撫で下ろしたのがわかった。

 いきなり看守に連れてこられたんだ、生きた心地がしなかっただろう。


 それにしても教授の奴、何を企んでる。

 訝しげな視線を向けた先で、教授は大仰に両手を広げ微笑んで見せた。


「よく来てくれたね君たち。さぁ楽にして、好きな所にかけるといい。なぁに、君たちは私の客人だ。遠慮はいらない」


 芝居がかったその所作を俺はじっとりと睨んだ。

 あいつの考えそうな事はわかる。

 弟妹達の前で、腑抜けた姿を見せられるものならやってみろと、そう言いたいんだ。

 まったくもって忌々しい。

 けど、悔しいけれど教授の目論見は上手くいってる。

 弟妹達の姿を見ていると、嫌が応にも背筋が伸びる。俺が何とかしなきゃいけないんだと、そう思える。


「それで、どうしようってんだ。また弟達を盾にとって俺に何かさせようってのか?」


 刺々しい言葉も、教授の分厚い面の皮を突き通す事はできない。

 クツクツと肩を震わせる教授は、どこか楽しげですらある。


「酷い言い草じゃないかテッド君。私は随分と信用がないらしい。さっきも言った通り、作戦会議だよ。皆で知恵を出し合おうと思ってね」


「白々しい建前言うのはやめろ。お前がなんの考えもなく何か始めることなんてないだろ。何かあるんだ、それぐらい俺にだってわかる」


 そう口にしながら、教授に何か考えがあることを期待している自分に気づく。

 ひどい気分だ。

 何でも一人でやってきた。

 俺が、俺がやらなきゃ。ずっとそう思って生きてきた。

 それしか無かったんだからしょうがない。

 良いのか? こんな奴にこれ以上関わって。まして借りを作るような真似をして。


「私と協力するのがそんなに嫌かね? だったら、こう考えれば良い。君はプリシラを救うために私を利用するのだ。私も私の目的のために君達を利用する。私たちの間にあるのは純然たる利害の一致だ。どうかね?」


 まるで俺の心が読めるのかと疑うほど、このタイミングでこの台詞だ。

 薄気味悪さすら感じる。


「君は今まで一人で背負ってきたのだろう。その生まれの不幸を呪いながらも、自分より力無い弟妹達の為に。一人で考え、一人で決断し、一人でやり遂げてきた。立派なものだと思うよ。尊敬にすら値する、本当だ。だが、一人の力、一人の知恵。そんな物はたかが知れている。君を侮っているのではないよ。それでもそれは事実だ」


 そう語る教授は目を伏せる。

 俺に向けたその言葉は、まるでそのまま自戒するような響きを持っていた。


 

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