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侮蔑


「悲嘆にくれる自分に酔うのはやめたまえよ。考えることを放棄した君の今のその有様は醜悪の極みだ。、浅ましく、滑稽でーー不愉快だ」


 不快な物を見る目で見下す教授に、ギリリと奥歯を噛みしめる。


「ーーうるせぇよ、お前に何がわかるってんだ」


 そうだ、わかる訳がない。

 ここを出て行くことも出来ず、いつ自分が狂うかいつも怯えながら生きる俺たちの事なんか。


「わからないとも。考えることを諦めた者のことなど、わかりたくもない。考えることを放棄した人は獣にも劣る。それはただの肉だ。無為に喰らい、糞尿を垂れ流すだけの肉だ。まったく(おぞ)ましい。それはもはや生きているとさえ呼べない代物だ」


 徹底的な否定、心の底からの侮蔑。

 わかる、教授は本心で俺を蔑んでいる。

 なんでそんなこと言われなきゃならないんだ。知り合って数日の奴に。

 この街のことも、俺たちの事もロクに知りもしないくせに。


 想像出来る訳が無い。

 誰からも見捨てられ、いつ呪いに狂うかもわからないまま、泥水を(すす)る様な暮らしを強いられる俺たちの。

 その悲惨さのほんの一片すら、コイツには想像出来やしないんだ。

 沸々と沸き上がる怒りに、自然と視線は鋭くなる。

 ()め付けるような視線の先で、教授がその口元を歪ませた。


「ハハッ。怒ったのかね? 結構な事だ。それは君の心がまだ死んでいない証拠だ。それで? どうするね? 私にその怒りをぶつけるかね?」


 挑発する様な嘲笑。

 握り締めた拳に力が入る。

 コイツをぶっ殺してやりたい。そうすりゃいくらか気も晴れるに違いない。

 怒りは黒く暗く染まり、殺意へと変わる。

 呪いの力が、身体の中で暴れ始めるのがわかった。

 殺意を宿した瞳が教授を射抜く。

 それでも、教授は飄々と肩を竦めた。


「まぁ、そうしたいのならば止めはしないが。だがそれでは何も解決しない。そんな事はわかっているはずだ」


「うるさい……。もうどうだっていい」


 あの時も今も、俺にプリシラを救うことなんて出来ない。

 だったら、いっそもう狂ってしまおう。

 心と身体を蝕む呪いに身を任せて、何も感じなくなるまで。


「ふむ。随分と諦めの早い事だ。あれほどプリシラに執着していたと言うのに。それともあれは妹を手にかけたという負い目から目を背けるために、必死になっているフリをしていたのかね?」


 なんとでも言え。

 何もかも終わりだ。せめて、プリシラの死を弄んだコイツを殺して、それで終わりにする。

 俺の身体から滲み出した呪いの霧に、看守達が半狂乱に何か叫んでる。

 でも、それもどうでもいい事だ。


 (終わらせようーー)


 フラフラと立ち上がり、教授を見据える。

 教授のその顔は失望に満ちて見えた。

 足に力を入れる。

 一瞬だ。一瞬で終わる。

 ため息をつきながら目を伏せ教授に向けて、飛びかかる。

 その刹那だった。


「……ッド。……テッ……ド……」 


 全身が痺れる様に硬直した。

 教授が目を見開いたのが見え、俺もまた声の方へと視線を向ける。


「……たしを、……して……」


 そこには、血の涙を流すプリシラの、苦しげで悲しげな顔があった。


 荒い息に紛れて、(かす)れた声が弱々しくもれる。

 聞き取るのもやっとのその小さな声が、なんと言ったのか、俺にはわかる。

 私を殺してーーと。

 プリシラはそう言った。あの日と同じ様に。


 身体から力が抜けて立っていられない。崩れ落ちるように膝をついた。

 もう無理だ。

 プリシラを殺す? そんなのはもう耐えられない。

 あんな思いはもう二度としたくない。

 なんで俺なんだ。

 なんで俺ばかりがこんな目にあう。

 項垂(うなだ)れた俺に、カツカツと足音を立てて教授が近づく。


「彼女を見たまえよテッド君」


 頭上から降り注ぐその声は、酷く冷たい声だった。


 (嫌だ、もう何も、何も見たくない。聞きたくない)


 力なくかぶりを振った俺の髪が、乱暴に掴まれる。

 そのまま引きずられる様に顔を上げさせられる。視線の先には鎖に繋がれたプリシラが居る。

 とても見てはいられなかった。

 髪を引っ張られて自由の効かない頭を、もがく様に振って俺は目を逸らした。

 それでも、教授は一層力を込めて俺の頭を引っ張った。


「見ろ! 見るんだテッド君! プリシラはまだ(・・)そこに居る! 君のプリシラがそこに居るんだ! それなのに! 君はもう諦めてしまうというのか‼︎」


 教授の怒鳴り声を聞くのは二度目だ。

 でもだからって。何が出来る。

 言い表わし様のない感情が、胸を締め付ける。やり場の無い心が、俺の中で暴れている。


「俺にどうしろってんだ! あぁなったらもう終わりだ。終わりなんだよ! あそこまで異形化して元に戻れた奴なんていないんだ! 俺に出来ることなんて何もねえんだよ!」


 叫んだ。ただただ、叫んだ。

 自分が泣いていることにも気付かずに。


「そうだ、君だけでは無理だ。そして、私だけでも。だから、我々(・・)でなんとかするのだ。方法は必ずある。無いのならば新たに見つければ良い。君達はこれまで数多の苦難を、考え、学び、それを受け継いで。そして教えあって生き抜いてきたはずだ。何も変わりはしない。今度のこともそうすれば良いだけの事だ」


 不意に掴まれていた髪が離される。

 情けなく四つん這いに這いつくばった俺の肩に教授の手が触れた。


「ーー私を失望させないでくれ」


 耳元でそう小さく呟いた後、教授は立ち上がる。


「さぁ立てテッド君。無為に過ごす事が許される時など、今の我々には無いのだから」


 仰ぎ見た教授はいつもの様に、不敵に笑っていた。

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