成れの果て
暗い昏い鉄格子の向こう側。
二つの眼光が怪しく光る。
グルグルと獣の唸るような声と、荒い息遣い。
時折揺れる鎖の無機質な音が、石で出来た壁に反響する。
蒸せ返るように濃い呪いの気配に、全身がピリピリする。
辺りに立ち込める呪いが、俺の中の呪いを刺激して痛みを生む。
俺はそれを知っている。
それは俺の、俺たちの末路。
呪い子に生まれたモノが例外なく行き着く成れの果て。
ワナワナと全身に震えがくる。
「見ての通りだ。どうにか出来るかね?」
そう言って教授は肩をすくめた。
そこにいるのが誰なのか嫌でもわかる。
焼け焦げてボロボロになった少年じみた服。黒とも茶色ともつかない獣毛に覆われた四肢。
それに酷く濃い、血の匂い。
「お前! プリシラに何しやがった!」
思わず摑みかかった俺に、看守たちが剣を抜いた。
「やめたまえよ。彼を傷つけることは許さない。何度も言ったはずだが? 私は理解力に欠けた者は嫌いだよ」
今にも斬りかからんばかりの看守たちを、冷たい視線が射抜く。
たじろいだ看守たちを押し退け、教授は俺の肩を掴んだ。
「私も本意ではないんだよ。彼女を鎖で縛って閉じ込めておくなんて事はね。アレでは傷を癒すこともできない。だが、他にどうしようもなかったんだ」
いつも芝居掛かった振る舞いをする教授の事だ。本心なのかどうか、わかったもんじゃない。それでも教授は悲しげに目を伏せ事のあらましを話し始めた。
事の起こりはあの晩、肉屋どもを焼き殺したあの晩だ。
俺が焼け死にかけた晩、と言ってもいい。
「君を助けたのはプリシラだと、前に言ったのを覚えているかね? あれは言葉通りの意味だ。君は爆風で地下水路から外へ吹き飛ばされたものと思っていたようだが、それは少し違う」
(違う? どう言うことだ?)
すべてを克明に覚えているわけじゃないが、確かに気を失う直前、背中に強い衝撃を受けた。それだけは確かなはずだ。
でももし、あれで外に放り出されたんじゃなかったとしたらーー。
「君はあの地下水道の小部屋に落ちたんだよ。あと僅かで手の届くという所からね」
混乱する頭を抱え、困惑した視線を向けた先で教授は話を続けた。
教授曰く、俺は爆風に吹き飛ばされた。
それは記憶通りだ。違うのはその先。
壁に叩きつけられて気を失った俺は、そのまま燃え盛る小屋の中に落ちたんだそうだ。
そしてそんな俺を助けに入ったのがーー。
「私は辞めろと命じたんだよ。手遅れだとね。冷たいだなんて言わないでくれよ? 私は君とプリシラ、その両方とも失うわけにはいかなかった」
いくらかバツの悪そうな顔をした教授の事も、まるで頭に入ってこない。
別の事で頭がいっぱいだった。
教授の命令を無視した? あのプリシラが?
目眩がする。でも確かにあの時、俺はプリシラを見た気がした。
それが気のせいじゃないとしたら。
「君達2人は火達磨になって上がってきたよ。その時にはもう、プリシラはあの姿だった」
そう言って教授は檻の奥の暗がりに目を向ける。
そこにいるのは獣。
理性を無くした、手負いの怒れる獣。
思い出したくもない記憶が、頭の奥から引きずり出される。
「プリ……シラ……?」
恐る恐る檻に手を伸ばす。
その刹那、鎖を引きずる音がしたかと思うと衝撃が吹き抜ける。
ギリギリと音を立てる鎖に両腕を拘束され、それでもこちらに突進してきたのは獣。
それはあの日、人生最悪のあの日に見たプリシラの姿だった。
知らず知らずのうちに呼吸が荒くなる。
硬く握り締めた拳に、じっとりと汗がにじむ。
「それでも君を運び終えるまでは、姿は兎も角として私の言葉を理解している風だった。君をベッドに寝かせ、付き添ったマルク君と離れた途端だったよ。彼女がああなったのは。突然唸り声をあげ暴れ始めた。取り押さえようとした看守が3人、深手を負ったよ。それでもどうにか取り押さえてーー。まぁ、ご覧の有様と言う訳だ」
「俺の……せいなのか?」
息が詰まる。
喘ぐように絞り出した声に教授は冷淡に答えた。
「さてね、大火傷を負った事が原因であるなら、或いはそうとも言えるだろう。だが私にはわからない。むしろ、この件については君たち呪い子の方が詳しいのではないかね? 少なくとも私はそう期待しているのだが」
「知るかよ! どうしろってんだよ! 俺のせいで……また俺のせいで!」
ちくしょう! ちくしょう!
あるいはプリシラを取り戻せるかもしれない。そんな不確かな希望を夢見た途端にこれだ!
俺たちはそこまでこの世界に疎まれているのか。
もう何も考えられない。
だって俺たち呪い子は、あぁなってしまったらお終いだ。
そうなれば、もう出来る事は終わらせてやる事だけ。
そしてそれは、いつだって年長者の役目だった。俺たちはずっとそうして生きてきた。
不意にプリシラの細い首を折ったあの感触が呼び起こされて、吐き気が込み上げる。
立っているのも辛くなって、膝から崩れ落ちる。
あぁ、なんてーー。なんて俺は無力なんだ。
「テッド君ーー」
項垂れた俺の前に教授が歩み寄ったのがわかる。静かに呼び掛けられたその声に、もたげた視線の先に教授の顔がある。
その目は、侮蔑の篭った酷く冷たい光を宿していた。




