隠れ家
入り組んだ狭い通路を身をよじりながら進む。
嗅ぎ慣れたカビ臭さ。
灯りもろくにない暗い通路を黙々と進む。
俺たち呪い子は夜目が利く。元々カンテラなんか必要じゃない。それでも使うのは、あくまで異形避けだ。
後ろで蹴つまずいたり、頭でもぶつけたような音が続く。
大方看守どもがそこかしこにぶつかっているんだろう。良いザマだ。
振り返れば、1人だけ用意周到に小さなカンテラを下げた教授が何やら楽しげにあちこちを見回していた。
「思ったより遠いんだな。歩いた感覚だと壁の外に出ていそうなものだが」
「へぇ、勘がいいな。確かにこの辺りはもう壁の外だ」
そう言ってニヤリと笑ってやる。
もちろん嘘だ。通路が入り組んでいるのを良いことに、わざと同じところを何度も回ってる。
思った通り、途端にざわつく看守どもを見ると、なんとも気分が良い。
教授はどうかと淡い期待を抱いて見てみれば、ケロリとした顔をしている。
やたら勘のいい教授にはすぐにバレそうだと思ったが。まぁそこを突いて何か言わないということは、別にどうでもいいんだろう。
やっぱりと言うか、教授にマトモな感覚を期待するのは無理らしい。
「もうじきだ、はぐれるなよ」
外れた期待に肩をすくめてまた歩き出す。
実際、目的の場所はもうすぐだ。
何度目かの角を曲がると、通路の先に灯りが見えた。
懐かしのーーなんて言うほど離れてはいないはずなのに、妙な懐かしさが込み上げる。
通路の奥から顔を出したマルクが俺を見て頷いた。
やっぱりアイツはしっかり者だ。
俺がアイツを先に行かせた意味をちゃんとわかってる。
無駄に遠回りをしてみせた甲斐もあるってもんだ。
通路を抜け、見慣れた我が家に帰る。
少しばかり開けた広場にバラックが3つ。
少しずつ、少しずつ。時間をかけて街から廃材を集めて作った俺達の住処。
まさか看守どもを連れてくる日がくるなんてない思いもよらなかった。
「ほぉ、こんな広さの空間が壁の地下にあったとは驚きだね」
目を輝かせて辺りを見回す教授とは裏腹に、看守達は何やら小声で話し合っている。
自分たちの知らない場所が足元に広がってるってのは、相当に気味の悪いものだったらしい。
ついでに言えば、そこに居るのが俺たち呪い子だってのも気に入らないんだろう。
「それで? もう満足か?」
教授に半眼を向けると、ピタリと動きを止め、それから大げさに振り返った。
こいつのこう言うところは、本当に嫌になる。
ほら、あの顔だ。
あの笑みはロクでもない事を考えている顔なんだ。
「ふむ、個人的な興味は十分に満たすことができたよ。礼を言おう。だが、ここからは少しばかり職務を全うしなければならない」
ほらな、やっぱりロクでもない。
得意げに語り出しながら、それでも言葉を切って間を取るのは、俺が聞いているかどうかを確認してるんだ。
本当にいけ好かない。
仕方なく目線を合わせて続きを催促する。
「このシェオル総督として、私にはこの街の全てを把握しておく責務がある。調べてみて驚いたよ。テッド君、それにマルク君もそのあばら家に隠れている子供達も全て、人別帳に名前がない」
何を今更。
ここで生まれた子供なんかいない。上じゃそういうことになってるって事だ。俺たちがまともな暮らしができないのも、人扱いされないのもそのせいだ。
「そしてこの場所についても同様だ。こんな場所が存在することが、管理者たる私の知るところではない。これは由々しき事態なのだよ」
「だったらなんだってんだ」
何が言いたいのかさっぱりわからない、その苛立ちを込めて吐き捨てる。
いい加減慣れもしたが、やっぱり教授は意に介しもしない。
「いやなに、管理されるべきものが管理されていないというのは問題だと言っているんだ。金銭で買った椅子だが、座るからにはその職務は全うしなければならないからね。だから今後、この場所と君達は私の管理下に入る。良いかね? これは決定事項だよ」
細めた教授の目が怪しく光る。
ニンマリと口元だけを歪めて、それでも目が笑ってはいない。
何かを待っている目だ。
「それでどうしろと? ここを出て行けって?」
「いいや、逆だ。シェオル総督の権限を持って、この場所を呪い子居住区に認めようじゃないか。まぁ出入り口は整備させて貰う事になるな。あれは不便に過ぎる」
本気なのか冗談のつもりなのかまるで判断しかねた。
看守どもも、慌てふためいて口々に何か文句を言っている。が、アレは徒労に終わる。
ご苦労なこった。
教授が何か言いだして途中で引っ込めることなんて無いのに。
それにしたって居住区だって? 馬鹿げてる。
そう思う。だけどーー。
今まで教授が嘘をついたことはなかった。
まったく。本当に、こいつに関わるとロクなことにならない。
だって俺は知ってるんだ、教授は自分に利の無いことはしない、って事も。
それはつまりーー。
「回りくどいのはやめろよ。俺に何をさせたいんだ」
「やっぱり君は理解が早くて良いな。実に結構な事だ。なに、君にしか出来ないことだよ。いやはやまったく、お手上げというより他にないんだ。情けない話だがねーー」
辟易として尋ねた俺に、教授はパンと手を叩き嬉しそうに笑みをこぼした。
それから少しばかり決まりの悪い表情を作る。
「プリシラを助けてくれ」
教授は珍しく、真顔でそう言った。




