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秘密

予約投稿の日付間違ってました……。


 石造りの廊下にカツカツと足音が響く。

 等間隔に並ぶ小さな明かり取り窓から差すわずかな光しか無い廊下は、昼間だっていうのに薄暗い。

 二度ほど狭い階段を下り、厳重に施錠された頑丈な鉄格子をくぐれば、やたらと騒ついた場所に出た。


 ここは知っている。

 雑居房だ。と言ってもそう呼ぶ奴は囚人兵にはいない。

 闇市と、俺たちが呼んでいる場所だ。

 死刑囚でもある囚人兵たちが自由に動き回ることを許された場所。

 そこがこの闇市だ。

 屋台じみた怪しげな店が軒を連ねている。

 扱われているものは様々だけど、まぁ出所の怪しいものばかりだ。


 俺の後ろをずっと付いてくる看守たちが、壁の外にいた時みたいにビビってるのがわかる。そりゃそうだ。いつも鉄格子越しに踏ん反り返ってるだけの連中だからな。

 ここに(たむろ)してる連中は、少なくとも一度や二度は異形(フリークス)とやりあって生き残った奴らだ。

 看守が震え上がっていてもおかしくはない。


 けど、先を歩く教授はそんな事は気にも止めていないようだった。

 わかりやすく悪目立ちしながらも、教授は闇市を颯爽と歩いた。

 猥雑な喧騒に包まれる闇市で、教授を見る目は様々だったが、看守を引き連れて歩いているというのはいただけない。

 はばからずに敵意をむき出しにする奴だっていた。

 それでも何一つ物怖じしない教授は、やはりどこかブッ壊れているんだろうし、下手に誰も手を出せない妙な凄みを持っていた。


 やがて闇市を抜け、いくらか静かな場所に出る。

 ここが独居房。囚人兵たちの住処だ。

 さっきの雑居房もそうだけど、房とは言っても別に(おり)になっているわけじゃない。

 まぁ、元はそうだったのかもしれない。

 けど、異形(フリークス)からこの壁を守る代わりに死罪を免れた囚人兵たちは、その役目のある時以外は好き勝手を許されていた。

 ここを出る事以外は、だけれど。


 独居房の奥、さらに狭く入り組んだ辺りに差し掛かって俺は焦り始めた。

 教授がどこに向かっているのかがわかってしまったからだ。

 よく見知った場所を何度も通った。

 この先は不味い。よりによって看守を連れてそこに行くのだけは御免だった。

 

「やっと着いた。確かこれだったかな?」


 一見行き止まりに見える通路のどん詰まりで教授は立ち止まった。

 教授は煉瓦で組まれた壁をペタペタと触り、一つだけ飛び出た煉瓦を引き抜く。

 出来上がった小さな隙間に、躊躇いなく手を入れるとリンーーと音がした。


 (なんで教授がここをーー)


 焦る俺の心中を知ってか知らずか、無情にも足元からゴトゴトと石の擦れるような音がし始める。

 看守たちが怪訝な視線を向ける中、床の敷石が持ち上がり知った顔が顔を出した。


「やぁマルク君。ご機嫌いかがかね? 約束通り、兄上をお返しに上がっーー」


「兄さん!」


 教授の言葉も耳に入らない様子でマルクが飛びついてくる。


「良かった元に戻ってる! どこもおかしなところはない?」


 一瞬面食らったが、いつもの心配性のマルクだ。なんだか気が抜けるほどホッとした。

 包帯だらけの、それでもちゃんと人間のそれに戻った腕でマルクの栗色のくせ毛をクシャクシャと撫でてやる。

 俺が気を失っている間に、マルクが処置(・・)してくれたんだろう事は想像に難くなかった。


「あの晩、ひどく変異が進んでいたから僕ーー。もう兄さんに会えないかと」


「まだ大丈夫だ。心配かけたな」


 涙ぐむマルクをどうにかなだめながら、俺は教授を見た。


 (アイツ、約束通りーーと言ったな)


 まったくロクでもない予感しかしない。

 マルクが一体どんな約束をしたのか、想像もつかないけれど、あの日の晩のことだと考えれば俺がだしに使われた事は多分間違いない。


「感動的な再会だな。うん、実に美しい。水を差すようで気ははばかられるのだが、私は約束を守った。今度は君の番だよ? マルク君?」


「ーーわかってるよ教授」


 思った通り、嫌味ったらしい口ぶりで約束とやらの話を切り出した教授に、マルクは渋い顔で頷いた。

 それからマルクの顔がバツの悪そうに俺を見上げる。


「兄さんゴメン。兄さんを助けてくれたら、僕たちの住処に案内するって約束したんだ。勝手なことしてゴメンよ」


 なんてこった。

 よりによって看守達に俺たちの隠れ家を教える羽目になるなんて。

 苛立ちはある、でも怒れるわけがない。

 そもそも俺が不覚を取らなきゃ、こんなことにはならなかったんだ。


「俺のためだったんだろ。わかってるさ」


 怒りに任せて当たり散らすのは年長者のすることじゃない。俺はこいつらの兄貴で、マルクは俺を守ろうとしたんだ。

 不安げなマルクの頭をポンと叩き、俺は教授に向き直った。


「言っとくが、面白いもんなんて何もないからな。それからーー、チビどもに何かしやがったら、その場でぶっ殺してやるからそのつもりでいろよ」


 精一杯凄んで見せたが、やっぱり教授には通じない。

 後ろで看守どもがまたグダグダと文句を言う中、


「では、せいぜいお行儀良くするとしよう」


 そう言って教授は笑った。

 まったく調子の狂う奴だ。

 マルクを先に行かせ、俺は隠れ家への隠し通路に視線を落とす。

 盛大なため息をついて、教授に目配せを一つ。


「ついてこいよ」


 そう言って、俺は床に空いた抜け道に身を投じた。


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