教授の正体
やたらと寝心地のいいベッドに、根が生えてしまいそうなほど寝て過ごすこと数日。
俺は至れり尽くせりの生活を送っている。
しっかり一日三食届けられるまともな食事。それに清潔な衣服。
今まで身につけていたものが本当にボロ切れに思えて、なんとも情けなくなるほどだ。
ただ、給仕に現れる下働きの俺を見る眼差しが、俺の立場を思い知らせた。
あの目は知っている。
卑しいものを見る目だ。蔑みと畏怖の入り混じった目。
こんな上等な部屋にいても、俺は何処までも呪い子だった。
ここで目覚めた時以来、姿を見せない教授が今何をしているのか。
プリシラやマルクがどうなったのか。
身体がいくらか動くようになって、ヤキモキとした気持ちを持て余し始めたある日、部屋の外がやけにうるさくなった。
「いけません! あのような者とお会いになるなど! 貴方にはお立場というものがおありです!」
なにやら言い争っている。
あのような者ーーと言うのが自分のことだと言うことはすぐにわかった。
そして言い争っているのが誰なのかも。
「まだ理解出来ていないのならば何度でも教えてやるが、今やここは私の街だ。私が誰と会おうと私の勝手だろう。そしてお前は私に仕えているはずだったね? 分というものを弁えたまえよ。意見は聞いてやろう、だがその上で私がする事に指図することは許さない」
やっぱり、あの声。あの嫌味な言い回し。
教授だ。
随分聞き捨てならない事を口にした。
私の街だって?
あいつはいつでも自信満々に大口を叩くが、嘘は言わなかった。
だとしたら、俺は随分面倒な奴に目をつけられた事になる。
良からぬ予感にため息をついたその時、勢いよく扉が開いた。
「まったく、躾のなっていない。おっと失礼したね。具合はどうかね? テッド君」
部屋に入ってきたのは教授。
後から慌てて付き従ったのは、青と白の貫頭衣に鉄の仮面をつけた男が数名。
この街に住んでてその格好の奴を知らない奴はいない。奴らは看守だ。
死刑囚であるところの囚人兵達を監視するいけ好かない奴ら。
いつも安全なところから、異形どもと俺たちの殺し合いを眺めているだけの奴ら。
それを従えているとなりゃ、考えられる身分はひとつだ。
「なぁそろそろ教えろよ。お前一体何者だよ」
無礼だぞ! だとか、呪い子風情が! だとか、今まで嫌という程聞いたセリフが飛び交う中、教授はキョトンとした顔で俺を見ていた。
「あぁ、そうか。結局きちんと名乗ってはいなかったね。まぁ、察しはついているようだが?」
揶揄うような言い草に、ムッとした視線を向けると、教授はわざとらしく肩をすくめてみせた。
それから大仰に姿勢を正すと、俺の顔を真っ直ぐに見据えて口を開く。
「私の名はヴァネッサ=アードランド。この監獄都市シェオルの、新たな総督だ」
総督。
早い話がこの街で、一番偉い奴だ。
新たな、と教授は言ったけど、前の総督がどんな奴だったのかも俺は知らない。
そういう奴がいる、という程度の話にしか聞いたことがない。
それぐらい俺には縁のない存在だった。
「じゃぁこれからは総督殿とでも呼ぶか?」
「止してくれテッド君。私と君の仲じゃないか」
精一杯の嫌味も、教授にかかればこのザマだ。ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる教授に俺はため息をついた。
「それに、総督といっても名ばかりだ。私はその椅子を買う為に幾らか金銭を積んだに過ぎない」
全く酔狂なもんだ。この街を欲しがる奴がいるなんて。
総督の席を買うのにどれぐらいの金が必要だったのか見当もつかない。
ただ、金も権力もある奴に目を付けられたって事がなんとも言えない居心地の悪さを感じさせた。
「それで、何か用があってきたんだろう? それとも、そろそろ壁の外に放り出されるのか?」
悪い予感を振り払うように軽口を叩く。
そんな俺に、教授はニヤリと口端を吊り上げた。
「そんな事はしないさ。ただね、見て欲しいものと、会わせたい者がいる。ご足労願えるかね?」
有無を言わせぬ圧のある声が響く。
俺はまた一つ、盛大なため息をついた。
「どうせ断れやしないんだろ。連れていけよ」
満足げに頷いた教授に促されて、俺は部屋を出た。
この部屋で目覚めてから、実に3日目の朝だった。
教授に連れてこられたのは、幾らか見覚えのある場所だった。
壁からほど近い、廃墟に囲まれた小さな広場。
護衛と称して俺たちについてきた数人の看守がビクビクと辺りを見回す中、教授は口を開いた。
「わかるかね? あの晩、ここで君は気を失った」
やっぱり。あの時の場所だ。
わからないのは、なぜここに連れてこられたかだ。
「一応の見聞は済んでいるのだがね」
そう言って、教授は広場の中心を指差した。
見れば地面に開いた小さな裂け目に、金属の鎖でできた梯子が楔で打ち込まれている。
「君自身の目で確かめたいのじゃなかろうかと。そう思ってね」
妙に得意げな教授の顔がそこにある。
なるほど、ご高説を披露したいって訳だ。
まぁそれはともかく、確かに気にはなっていた。
俺が気を失う直前に感じたあの衝撃。
それが何かの爆発だった事は、教授から聞いた。けど、そのカラクリが気にならないといえば嘘になる。
大袈裟な身振りで地面に空いた裂け目を指し示す教授に促されるまま、俺は看守の1人が差し出したカンテラを受け取って梯子を降りた。




