燃え尽きる命
「機は満ちた! まだ生きてるなら上がってこいテッド君!」
初めて聞いた教授の怒鳴り声。
幻聴かと疑うぐらい、焦りの滲んだ声。
ははっ、焦ってやがる。あの教授がだ。ザマァ見ろ。
「自分でやると言ったんだろう! 大口を叩いておいてそのザマか! さぁ、何をしてる! 上がってこい! 聞こえているんだろう!?」
こんな時でも教授の言葉は挑発的だ。
相変わらず鬱陶しい。
悪態をつく余裕もないのが恨めしい。
「いいか! 君は私の研究対象だ! もはや勝手に死ぬことも許さん! いいかね! 君は私の物だ!」
黙ってりゃ言いたい放題だな、まったく。
誰がテメェの物なんかになるか。
朦朧とした意識の中で、膝に力を込める。ガクガクと震えるばかりで、言うことを聞かない身体に舌打ちする。
それでも湧き上がってくる怒りと苛立ちに身を任せて叫んだ。
熱にやられてしゃがれた喉で、あらん限りの声で。
「うるせぇ! だったらさっさと縄梯子をよこしやがれっ!」
それは直ぐに降りてきた。
天井から垂れ下がる縄梯子。そんな物を心の底からありがたいと思う日が来るなんて。
たちまち火の燃え移る縄梯子に、俺は駆け出した。そのはずだ。
実際のところはヨタヨタと縋り付くように縄梯子に体を預けた。
力の入らない身体に鞭打って、揺れる縄梯子に必死にしがみつき、手繰るように登る。
熱と煙で口を開くことももう出来ない。
霞んだ目が見るのは小さな出口。人1人通れるかどうかという程度の割れ目。
それほど遠くはないはずのそこは、手を伸ばしても届かない場所のように思える。
不意に、足が宙に浮いた。
ろくに力の入らない腕に、自分の全体重がのし掛かる。
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。けど何のことはない。
縄梯子が下の端から燃え落ちて、ついに足を掛けていた部分が切れただけの事だった。
俺の見ている目の前で、縄梯子はみるみる燃えて行く。
景色が酷くゆっくりと見えた。
もうあと一段、這い上がる力も俺には残っていない。
これで、こんな所で終わるのか。
呆気ないもんだ。
途切れ途切れになる意識の中で、小部屋の扉が砕け散る音を聞いた気がする。
それから、続いて地鳴りのような轟音と、体の芯を突き抜けるような衝撃が襲った。
俺が覚えているのはそこまでだった。
奇妙な浮遊感に包まれている。
なんだよコレ。
頭が霧がかかったようにハッキリしない。
何がどうなった。
確かーー。
頭を働かせようとすれば途端にズキズキと痛む。どうやら死んじまった訳じゃないらしい。
意識して初めて、手足に力が入らないことに気づいた。
思い出せ。
俺はあの地下水路の小部屋でーー。
そうだ、縄梯子が切れた。
それから? 何かに吹き飛ばされたような気がする。
ここはどこだ?
目を開ければ、霞む視界。
ひどい痛みだ。身体のどこもかしこも痛い。
痛みに歯を食いしばって首を回して辺りをうかがった。
どうやら俺は、ベッドの上に寝ているらしい。
フワフワするのは柔らかなベッドの上にいたからだ。だとしたらここが何処だか余計にわからない。
生まれてこの方、身体が沈むような上等なベッドなんて縁がなかった。
(起き上がらなきゃーー)
痛む身体に鞭打ってどうにか起き上がろうともがく俺に、その声は唐突に掛けられた。
「目が覚めたかね? まったくその有様で生きているとは。本当に君は面白いな」
見開いた目もまだ霞んでよくは見えない。
いつからそこにいたのかすら、俺にはわからなかった。
それでもその声の主が誰だか、考える必要もない。
(教授ーー)
そう、口にしたつもりだった。だけど実際のところと言えば、ヒューヒューと情けなく息が漏れただけ。
自分でも何が何だかわからない。
「無理しなくてもいい。熱と炎で喉が爛れているんだ。君は回復が随分と早いようだがまぁ、喋るのはまだ無理だろう」
俺がもがいたせいで乱れた寝具を正しながら教授は言う。
それからベッド脇に腰かけた教授はニンマリと笑った。
「耳は聞こえているようだね。ならいろいろ知りたいことがあるだろうから聞かせてあげよう。だからまだ暫く寝たまま聞きたまえ」
そう恩着せがましく前置きしてから、教授は事の顛末を話し始めた。
取り敢えず、教授の目論見は達成された事。
どういう仕掛けかはわからないが、小部屋で大爆発が起きて肉屋どもは大方が焼け死んだんだそうだ。
それから気を失った俺は、プリシラとマルクに担がれてここに運ばれた事。
そしてここが、壁の中だという事だ。
改めて部屋を見回せば、やはり見覚えのない部屋だ。
隙間風一つ吹かない石造りのしっかりとした壁。油が敷かれ磨かれた床。天井は高く何処にも穴が空いていない。
それに十分な薪がくべられた暖炉に、ほつれの無い上等そうなカーテン。
どれひとつ取っても、俺とは無縁の世界の物だ。
なるほど確かに、ここは壁の中らしい。
そうなると、当然別の疑問が浮かぶ。
教授の口ぶりからすれば、この部屋を用意したのは教授らしい。
だとすれば、あいつは一体何者なのかという事だ。
壁の中に入る事自体稀な俺にでも、ここが上等な部屋の部類だろうことはわかる。
そんな部屋を用意できる立場にあるってことか。
ろくに身動きもできないまま疑惑の目を向けた先で、教授はただ不敵に笑った。
「まぁ、しばらくは体を休めたまえよ。何、いくつか面白いものを見せてもらった。この件は貸しにはしないでおくとするさ」
そう言って教授は立ち上がり、颯爽と部屋を出て行ってしまった。
言いたい事を言うだけ言ってさっさと出て行ってしまった彼女を、嵐みたいなやつだと、俺は思った。




