教授の思惑
肉屋の死体を引きずりながら扉を開けた俺の目に、教授の後ろ姿が映る。
「おやおや酷い格好だね。だが首尾は上々のようだ。ご苦労ご苦労。大変結構だ」
大仰に振り返った教授の外套の緩やかにふわりと舞う。
返り血を浴びて血みどろの俺たちを、教授はやたらと上機嫌に迎えた。
どういうつもりだか知らないけれど、鼻歌でも歌い出しそうな様子だ。まったくもって場違いったら無い。
後ろにはこれまたなんに使うのか見当もつかないガラクタの山。
どうやらマルクが骨を折ってくれたらしい。
「死体も、うむ。ちゃんと持ってきたようだね。それはそうだな、部屋の隅にでも置いておいてくれ」
偉そうに指図する教授は、何やらひどく楽しげに見える。
俺は首を裂いた死体を、プリシラは首から上の無くなったほとんど原型をとどめていない死体を、言われた通りに部屋の隅に降ろした。
「それで? これで終わりだなんて言わないだろうな?」
教授の計画に乗ると決めたものの、あいも変わらず教授が何をしようとしているのかサッパリだ。部屋まで運んだ肉屋の死体然り、部屋の真ん中に積み上げられたゴミの山然り。
よくよく見れば、それは家具の残骸だったりボロボロの服だったらしい何かだったりするらしい。
まぁそれがわかったところで、教授が何がしたいのかなんてさっぱりだ。
向ける視線は嫌が応にも胡乱なものになる。
「勿論だ、次はその入り口を塞ぐ。都合の良いことにここにはいくらか木箱がある。取り敢えずそれを使うとしよう。だがここからが肝心だ。それはおそらくテッド君、君にしか出来ない」
教授の妙に持ち上げた言い草に悪い予感がする。多分、それは間違ってない。
コイツが何かやる時は大抵ろくなことは起きなかった。
何か文句の一つでも、と思わなくはなかったが、話の腰を折ってもしょうがない。
げんなりとしながらも、続きを促すように視線を送る。
「良いかね? 重要なのは加減だ。簡単に突破されず、尚かつ突破できないということが無い具合に、扉を塞いで欲しい。それはあの異形たちの力や能力を熟知している君にしか頼めない。出来るかね?」
どういう事だ?
そこまで聞いても、教授の思惑が見えてこない。まぁ、そこを考える事自体無駄か。
なんたって、コイツはとびきりイカれてる。理解する事自体どだい無理なんだ。
(だったらーー)
と、俺は頭を切り替える。
要は、この部屋に入るのに時間がかかるようにすれば良いって事だ。
肉屋の力の強さ、知恵の周り具合。それを考えに入れて扉を塞ぐ作業にかかった。
どうやら教授は、何か仕掛けをした上で、この小部屋に豚どもを誘い込みたいらしい。
知恵があるとは言っても、アイツらのオツムは弱い部類だ。扉は理解出来ても、全く動かなければ簡単に諦めるかもしれない。
なるほど確かに、その辺りの匙加減はこの中じゃ俺にしかわからないって訳だ。
「そっちは任せるよテッド君。上の少年! 出口を塞ぐ準備は出来たかね?」
「頑丈そうな戸板をいくつか見つけたよ。燃える物ってのはもう良いのかい?」
なんだかんだで言われた通りに動いているマルクの声が聞こえる。
俺ですら訳がわからないんだ、あいつはもっと酷いだろうに。ほんと、よく出来た弟だと思う。
「燃料はもう十分だ。そろそろ縄梯子を用意しておいてくれたまえ。それと、追っ手の様子はどうかね?」
「うん、さっきよりも足音が増えてる。だいぶん近くまで来てるよ。ねぇ、本当に大丈夫なの?」
マルクの心配はもっともだ。
異形を待ち構える、それも大きな群れをだなんて。普段じゃ考えもしないんだから。
さっきみたいに、こちらから打って出る事だって稀なことだ。
「何も心配することはないとも。今のところすべて順調だ。そちらの準備もそろそろ良いかねテッド君?」
ちょうど木箱を積み上げ終わった俺は、教授に振り返る。
あいも変わらず上機嫌な教授は、小部屋の中央、それに部屋の四隅に積まれた木材の山を見渡し会心の笑みでパンと手を叩いた。
「良し良し。大変結構。ではそろそろここを出るとしよう」
あっけらかんと、まるでなんでもないことのように言い放った教授に、呆気にとられそうになる。
「お、おい。あれだけ大見得切っておいてそれだけかよ!」
思わず詰め寄った俺に、教授は不敵に笑う。
「準備はもう十分だ。後はここに火をかけて脱出するだけだ。実にご苦労だった。まぁ後一つ詰めの一手が残っているがーー」
意味深に言葉を切った教授は視線を泳がせ、その視線はプリシラを向いて止まる。
ひどく胸騒ぎがした。
「それはーープリシラ。お前の仕事だよ」
やっぱりだ。嫌な予感はだいたい当たる。
「お前……プリシラに一体何をさせる気だ!」
どうせロクでも無い事だ。それだけは間違いがない。
それでも聞かずにはいられない。
俺の問いに、教授は腹が立つほど得意げに答えはじめた。
「良いかね? この計画はタイミングが最も重要なのだよ。異形共がこの部屋に入るタイミングがね。十分に火が回り機が満ちるその時まで、ここで扉が突破されないかを見張る必要がある。私が思うに、それには彼女が適任だ」
掴みかからんばかりの勢いでまくしたてた俺に、教授はケロリとした顔でそう答えた。
(火の手の回った部屋の中にプリシラだけを残す?)
一瞬頭が真っ白になる。なんだよそのデタラメな計画は。
でも、教授の考えはわかる。
要は我慢比べになるってことだ。
暑さと息苦しさに耐えて、必要があれば扉を守らなきゃならない。
教授の言う最高のタイミングが来るまで、命惜しさに逃げ出すことが無い。そう言う奴が適任だって事だ。
確かに、今のプリシラなら確実に命令に従うんだろう。仮に自分の身体が炎に焼かれ、煙に巻かれたとしても。
教授が俺にやれと言わないのは、本当に生死のギリギリまでここに止まる必要があると考えているからだ。
理屈はわかる。教授の言うことは悔しいけれどいつも筋は通ってる。
(でも、だからってーー)
両手に力がこもる。
「ーーダメだ。その役目がどうしても必要なら。俺がやる」
教授は一瞬めを丸くして、そして意味深に口元を歪める。
俺には、そう言うしか無いんだ。
我が身可愛さでプリシラを危険に晒すようなことは、もう俺には出来なかった。




