血祭り
※ スプラッタ表現があります。苦手な方はご注意を。
ドアノブに手をかけて扉の向こうに意識を向ける。
声を殺すなんて知恵があるのかないのか定かじゃないけれど、奴らの耳障りな声が微かに聞こえた。
――居る。
フッと短く息を吐き、後ろに立つプリシラに目を向ける。
相変わらずの無表情がそこにある。それでも彼女はこくんとうなずいた。彼女の準備はとっくに出来てるらしい。
別に難しい話じゃない。派手にぶっ殺すだけなら簡単だ。
そう自分に言い聞かせると、意を決して勢いよく扉を開ける。
真っ暗な通路に松明の灯りが射した瞬間、耳障りな声を上げて肉屋どもが飛びずさるのが見えた。
5匹だ。
頭一つ飛び抜けて大柄な奴が1匹。後は俺の背丈よりも小さい。素手が2匹、後の3匹は何かしら武器らしきものを持ってる。
蹴散らすのならデカいやつから狙う。
体の大きさがアイツらの強さそのもの。そして、弱い奴は群れの強いやつを負かすような相手には絶対に襲いかかってこないからだ。
でも今は違う。
俺が先頭にいた小柄で素手の1匹に狙いを定めた時だった。
すぐそばを風が通り抜けた。本当にそんな感じだった。
もちろん風なんかじゃない。プリシラだ。
異形化した右腕をダラリと垂らしたまま一気に距離を詰める。あっという間に肉薄したかと思うと、ものすごい速さで右腕を突き出す。
目にも留まらぬってのは、ああいうのを言うんだ。気がつけば先頭の1匹は首が半分抉れて血を噴き出していた。
目に見えて豚どもが怯んだのがわかる。
俺も見てるだけって訳にもいかない。
いくらか足場の良くなった地を蹴って、俺も乱戦の中に飛び込む。
チラと視線を送れば、プリシラはもう2匹目にかかっていた。
ギャーギャーと喚きながら、手に持った武器をデタラメに振り回す肉屋にプリシラは間合いをはかっているように見える。
そんなプリシラを視界の隅に入れながら、俺も目の前の豚野郎に意識を向けた。
一番デカい奴が背を向けて逃げ出そうとしているのが見えた。
「逃げんな豚野郎!」
踏み込んだ勢いのまま背中に手刀を突き込む。
手刀は左肩のあたりを貫いた。
肉屋の爛れた皮膚を簡単に突き破り、肉を裂く感触が手に伝わる。お世辞にも気持ちのいいもんじゃない。
浴びた返り血が、熱湯でもかぶったみたいに熱い。それにひどい匂いだ。腐肉のような悪臭に俺は顔をしかめる。
さっさとくたばりゃ良いのに、手負いの肉屋は自由の効く右腕をがむしゃらに振り回した。
ナイフと呼ぶには粗末、というか原始的なそれが腕と一緒に振り回される。そう簡単に食らいやしないが面倒だった。
プリシラの様子をうかがえば、残りの2匹に挟み撃ちされる格好になっている。
そうそう遅れをとりやしないってのはわかってても、その姿で異形に囲まれてるって光景はどうにも胸がざわついた。
(こんなのに時間かけてる場合じゃないな)
意を決してタイミングを計る。
でたらめに振り回される腕の動きを見切る。
肩に突き刺した右腕を軸に飛び上がり奴の頭上で身を翻した。首に足をかけてそのまま馬乗りに体重をかける。
傷口を抉られた奴が恨めしげな悲鳴をあげながらもんどりうって地面に倒れこむ。
無防備な背中に左手を撃ち込んだ。
心臓を掴む勢いで突き入れ、乱暴に引き抜く。力みすぎて握り潰してしまった臓物を、俺はその場に投げ捨てた。
死体からはビチャビチャと音を立てて血飛沫が上がり、体液混じりの汚らしい返り血が降り注ぐ。
教授は出来るだけ派手にやれと言っていたけど、こんなもんで十分だろう。
両手にこびりついたヌメつく血を払い、すぐに次の獲物に襲いかかる。
プリシラを囲んでる3匹の内、素手の1匹に狙いを絞った。
奴らは単純だ。目の前しか見えてない。
難なく背後を取って首を搔き切る。
叫ぼうとしたのだろう。血で溢れかえった喉がゴボゴボと音を立てて泡立つ。
それと同時に、タイミングを見計らったかのようにプリシラが身を翻して、粗末な武器を振り回していた1匹の腕を取った。
取った腕をひねりながら、残った1匹に向かって投げつける。
腕が捻れて引き千切れるほどの勢いでだ。
俺もまたその動きにタイミングを合わせる。最後の1匹に飛び掛かり頭を鷲掴みにしてやった。
相変わらずギャーギャーと喚き散らしながらもがく肉屋を、俺は力任せに地面に叩きつけた。
頭蓋が砕ける感触が手に残る。別にわざと派手にやろうとした訳じゃなかった。変質が進んだ身体は加減がうまく出来ないんだ。
忘れた頃に襲う呪いが身体を蝕む痛みに息がつまる。
一寸うずくまった背に、身の毛のよだつ陰惨な音が響いた。
肉が裂けて骨の砕ける音。
首だけを回して様子を伺えば、プリシラが最後の1匹にトドメを刺していた。
片腕を失ってうつ伏せに這いつくばった肉屋の背を、プリシラは容赦なく踏みつけた。それからおもむろに頭を掴み、そのまま身体を起こす。
するとどうなるか。
胴体から首がもげて、未練がましく繋がった背骨が背中を割ってズルリと引き抜かれる。
派手にやれとは言われたが、あんまりにも酷い死に様に、流石の俺も気分が悪くなりそうだった。
返り血を拭おうともしないプリシラの姿は、背筋にゾクリと来るものがある。
プリシラが手に持った肉屋の頭を地面に捨てた、べチャリという音を最後にあたりに静けさが戻る。
乱れた自分の息遣いだけがやけに大きく聞こえた。
「終わったな。後は死体をあの部屋まで運べば良いんだったか」
沈黙に耐えかねて、わかりきったことを口に出す。
やっぱりこれもわかっていたことだけど、返事は返ってはこない。
無表情なままコクリと頷いたプリシラの姿に盛大に一つため息をついて、俺は豚どもの死体を引きずって部屋へと戻った。




