急襲
「なっーー!」
慌てて目で追ったその先で、カシャンと音を立ててカンテラが通路の上を転がった。
暗がりから何か飛んできた。
ソレがカンテラを倒したんだと気付いてすぐに暗がりに振り返る。
(火を消そうとした!?)
驚きと焦りが判断を鈍らせる。
ともかく今カンテラの火が消えたら終わりだ。とっさに背に庇った俺は、また飛んでくる何かを確かに見た。
腕を振り回して飛んでくる何かを振り払う。
べチャリと気色の悪い感触が手に伝わる。
ちくしょう、あいつら切り取った肉の塊を投げてきてるんだ。
「不味いぞ少年」
いくらか焦りのこもった教授の声に、チラとカンテラを見た。
割れたカンテラの隙間から、油が流れ出して薄く広がる炎。いよいよ危うげに揺らめく炎に肝が冷える。
「とにかく松明に火を!」
そう叫び、また飛んできた肉塊を叩き落とす。
教授が残った布切れを消えそうな火にくべるのが見えた。
俺が火を守っているのがわかったのか、飛んでくる肉塊は鳴りを潜めた。
それでも諦め悪く、時々飛んでくるものだから目を逸らすことも出来ない。
(ちくしょう、豚どもめ)
苦々しげに睨みつけた暗がりの奥に、まだ気配はある。
思ったより知恵のついた群れらしい。
カンテラが壊れた以上、松明に火がつくまで、ここから動くことも出来なくなった訳だ。
揺らめく自分の影に、ジリジリと気ばかり焦れる時間が過ぎる。
どれぐらいそうしていたのか。
すぐだったような気もするし随分と待った気もする。
ふと、独特な悪臭が地下水路に立ち込め始めた。獣脂に火がついたのだと、すぐにわかった。
「やったぞ少年」
教授の声を背中に聞きながら、急に濃くなった自分の影にホッとする。
どうにも変な気分だ。
「よし、移動するぞ。水路の流れを遡る」
受け取った松明で通路の奥を照らす。
グズグズと燻りながらも燃える松明の火に、暗がりが照らし出される。
「ギャッ」と声を上げて、醜悪な異形が後ずさったのが見えた。
それでも、諦め悪くこちらをうかがう視線はどこか恨めしげに見える。
(ザマァ見ろ)
そう心の中で吐き捨てながら、教授に視線を送り歩き出した。
それでもいや待てよと思い直す。
こいつらはカンテラの火を消そうとした。あれが偶然でないなら、松明の灯りにだって手を出してくるかもしれない。
今まではそんなことはなかったけれど、何せあいつらには知恵がある。少しずつ賢くなっていく。
そう考えれば、もう安心だとはとても言えない。
心配しすぎと言うことはない。ここはそういう所だ。
とにかく、松明の炎は効果覿面だった。
取り敢えずのところ、襲いかかってくる様子も、何かを投げてくる様子もない。
「逃げる方角はあっているんだろうね?」
教授がそう切り出したのは、しばらく歩いた後のことだ。
考えに浸りながら足を進めていた俺は、教授の問いに苦い顔をするしかなかった。
「でたらめに逃げたせいで、ここが水路のどの辺りかはっきりわからない。けど水路の水は必ず街の外からあの館の方へ流れてる。だから水の流れを遡り続ければ、あいつらの縄張りの外までは行ける」
そう言いながら、背後にずっと突き刺さる視線に注意を向ける。
松明の明かりの届かない距離を保って、数匹の肉屋がずっとついてきている。
水路に目をやれば、水はまだ濁っていた。
つまりここはまだ、あいつらの縄張りの中ってことだ。
でも、それにしたってしつこい。
「ずいぶん執念深いな。あれはそう言うものなのかね?」
俺と同じように、背後の暗がりへ視線を注いだ教授はそう聞いた。
俺の知る限りの普段のあいつらと言えば、水路のそこかしこにある肉塊を切り取ってどこかに持っていく。
刃物とは言えないぐらい雑な、石を割ってとがらせただけのような道具を使ってだ。
集めた肉塊をどうしているのかは知らない。別に知りたくもない。
ただ、そう言う行動を繰り返しているーーと、俺は説明した。
「例外があるとすれば、血の匂いがする時だ。奴らは血の匂いを嗅ぐと凶暴になる。それでも大きな火に向かってくるほどじゃない。さっきがそうだっただろ」
「ふむ、では今の状況は不可解だと?」
そうだ、と答えると、教授は何か考えるそぶりを見せて黙り込んだ。
水音と自分たちの足音が、やけに大きく響いてる気がするほど、地下水路は静まり返ってる。
時折控えめに、あの湿っぽい足音が聞こえる。こっそり後をつける、なんて知恵があるのかわからないが、付かず離れずついて来ているのは確かだった。
実のところ、一つだけ思い当たることがあった。
「呪い子は異形を引き寄せる、なんて言う奴もいる。本当のところどうなのか知らないけどな」
俺たちが鼻つまみ者扱いされる原因の一つがそれだ。
まったく面白くない話だ。
だけど思い当たるふしが全くないかと言われれば、そんなことはない気もするから困りものだった。
「ふむ、君たちの中の呪いの力に感応している、と言うことか。しかしそれなら、合点はいく。呪い子だった少女が転じた人形が、同じ性質を持っていても不思議はないからね」
「どうだっていいさ。よし、あった」
長くなりそうだった教授の話を、俺は適当に聞き流した。目当てのものをようやく見つけたからだ。
それは、不自然に天井からぶら下がる荒縄だった。




