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真実


 思わず振り返ってしまった。

 しまった、と思った。けどもう遅い。

 動揺した。それを隠せない程度には。


 なんで勘付かれた? それとも、カマをかけられたのか? いや、それもおかしな話だ、一体そんなことをする理由はなんだ?


 色んな事が一瞬のうちに頭の中を駆け巡る。それでいて、結局のところ答えるべき言葉は見つからない。

 考えが上手くまとまらない。

 思い返せば、プリシラを見たその時から、もうすでに俺は冷静じゃなかったかもしれない。

 一体どう答えたらいい?

 苛立ちすら覚えるほど、焦る気持ちばかりが募る。それでもやっぱり答えは出ない。

 ともすれば泳ぎそうになる視線を、ただじっと教授に向けておく事ぐらいが、俺に出来ることの全部だった。

 答えに詰まってしまった俺に、教授はふふん、と鼻を鳴らす。


「沈黙か、あるいはそれが答えという事かね? まぁ、少なくとも否定はしない訳だな。なるほどなるほど、どうやら込み入った事情があるとみえる。だが、ならばこそ、先に言っておかねばなるまいな」


 言っておかなければならない事? 何だよそれ。

 怪訝な視線を向けた先で、教授はプリシラを背後から抱きしめるように腕を回し、華奢な顎をクイと持ち上げる。

 それから、勝ち誇ったように宣言した。


「この娘は私の物だ。人形は元より私の所有物(コレクション)の一つだし、その中身(・・)も私が私費を投じて買い入れたものだ。つまり、今の(・・)プリシラを構成するすべては私の所有物なのだ。君が、彼女(・・)といかなる関係であったとしても、ね」


 人形? 中身? 何の話だ。そう思う反面、何とは無しに察しはつく。

 いや、まさか。そんな筈はない。

 だけど、やっぱりそうなのか。


「一つだけ答えろよ」


 絞り出したその声に、教授は気安い様子で「何かね?」と答える。


「なんで……んだよ」


 聞いて何になる。知らない方がいい事だってある。そんな思いもよぎる。

 情けなくも消え入りそうに漏れ出す声。教授の胡乱な視線が俺に向く。


「すまない、何と言ったんだ?」


 本当に聞こえなかったのか、あるいはワザとか。

 コイツならどちらもあり得る。

 ただ、薄ら笑いを浮かべて問い直すその様は、苛立ちを掻き立てた。


「名前だよ! なんでプリシラなんだよ!」


 その答えを、本当に聞きたかったのか、自分でもわからない。いや、どちらかと言えば、答えを聞きたくはなかった。

 だってそうだろ? 聞いてしまったら、知ってしまったら。

 認めなきゃならなくなる。

 がなりたてた俺に少しばかり目を丸くした教授だったが、「これといって深い意味など無いんだがね」と呟く。

 それからわずかに思案する素振りを見せ、口を開いた。


「この人形の中身(・・)、その材料になったモノから拝借したんだよ。材料、うむ、そうだな。端的に言えば亡骸だ。棺に掘られていたんだよ、プリシラとね」


 目の前が真っ白になる。

 愕然とした。悔しいほどに何もかも合点が行く。

 足元が不確かになって、立っているのかどうかもあやふやだ。


 死ぬ以外に呪いから逃れる方法はなかった。だからこそ、妹は死を選んだ。それなのに、死んだ後になってもまだ、あいつは囚われたままなのか。

 それじゃぁ俺は、一体何のためにあいつを……。

 忘れようとしても決して忘れることのできない光景が、否応無く脳裏に明滅して焼き付く。

 ガクガクと膝が笑い、へたりこむように崩れ落ちる。


 だがふと思いつく。


 (いや待て、そんなはずはない)


 百歩譲って、目の前の人形少女と、俺の知るプリシラとの間に何か深い関わりがあることは納得してもいい。

 正直、材料だとか中身だとか、教授の話は要領を得ないが、合点の行くところはある。

 けどそれはおかしいんだ。

 何がって、教授がプリシラの亡骸を手に入れた、という部分がだ。

 だってプリシラは、あの子の亡骸はーー。

 火葬したんだから。


 間違っても、あの子が動く骸骨(ミートレス)屍喰い(スカベンジャー)にならないようにと、火葬場守りになけなしの金を握らせた。

 そこにきて、一つの考えに行き当たる。

 よろめきそうになる俺の中で、別の感情が蠢く。

 沸き立つ怒りに血が沸騰しそうだ。

 火葬場守りのベニー。あのクソ野郎。

 あろうことか、妹の亡骸を売りやがったんだ。

 いつか俺が正気を失う前に、絶対に殺してやる。


「おやおや、随分と怒っているな。やはり君とプリシラとの間には浅からぬ縁があるらしい。もしかすると、彼女の死にも君が関わっているのかな?」


 さも楽しげに、好奇の目を向ける教授に、何も答える気にはならない。ただただ、俺は怒りの篭った視線を返した。


「ふふん、そうなんだな? そうかそうか、では礼を言わねばならないな」


「礼だって? 一体何に対してだよ」


 また妙なことを言い出した教授に、俺は胡乱な視線を向ける。

 その視線の先で、教授は瞳を伏せひどく穏やかな表情で(うやうや)しく頭を垂れた。


「彼女を殺すのに、絞殺という方法を取ってくれた事にだよ」


 俺の中でまた一つ、どうしようもなく(たが)が弾け飛んだ。


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