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不愉快な問答


 何か言い返してやろうと思った、けどやめだ。

 小さくかぶりを振って余計な事を頭の中から追い出す。ここだって安全なわけじゃない、些細な変化を見落とすだけで命取りなんだ。

 だから俺は努めて意識を外に向ける。

 カンテラの明かりの届かない、薄気味悪く続く地下水路の奥へだ。


 俺の背後で、どうにも背筋がゾワゾワするような音が一つ。続いて布ずれの音が耳端をかすめていく。

 最初の音は多分、腕が繋がった音。続く布ずれの音はプリシラが服を着る音だ。

 どうにも落ち着かない心持ちで、向けていた背中がポンと叩かれる。


「終わったぞテッド君」


 思わず大きく息を吐く。

 何を緊張してるんだまったく。


「やっとかよ」


 悪態をつきながら振り返れば、そこには随分と様変わりしたプリシラの姿があった。

 着替える前の女中(メイド)服とはうってかわって少年じみた格好になっていた。

 銀色の髪をハンチング帽に押し込み、シャツに半ズボン、それに仕立ての良さそうなベスト。シャツの右袖は肩から破り捨てられていた。取り替えた腕が通らなかったんだろう。足元はブーツと来たもんだ。

 育ちの悪い俺にすら、その全てが上等なもんだって事だけはわかった。


 改めて見れば、無傷だった左腕に比べて妙に長いその腕を取り付けられたプリシラは、その無表情さも相まって一層奇妙な姿に見える。

 けどその腕にも、実のところ見覚えがあった。

 呪い子(カーズド)は成長と共に必ず身体に変質が起きる。

 ちょうど俺の肌の一部が鱗じみたものに覆われているようにだ。

 死んだ妹の身体も変質が進んでいた。ちょうど目の前にいるプリシラの左腕のように。

 他人の空似だと思う反面、説明がつかないほど共通する特徴に俺は混乱していた。


「袖が不格好だがまぁ仕方あるまいな。どうかね? テッドくん。男装の少女というのも悪くないだろう?」


 思いにふけりかけた俺を、教授の声が呼び戻す。

 見ればずいぶんとご満悦の様子だった。ニヤニヤと笑みを貼り付けた顔が俺の顔をのぞき込んでいる。


「こんな時だってのに、ずいぶんと凝ったもんだな」


「そうだろうそうだろう。人形の着せ替えは私の趣味の一つでね。この先も化け物と戦うのならば動きやすさを考えねばならないからね、美しさと機能性の両立、我ながら上出来だ」


 嫌味のつもりで吐いた言葉も、このイカれた女には通用しないらしい。嬉々としてよくわからない持論を語り始める。

 さらりとプリシラを人形呼ばわりしたことも少し気になった。

 だけどまぁ、俺もあの肩関節を見てしまったからか、そういうものなのだろうと妙に納得してしまう。

 ここじゃ考えたってどだい説明のつかないことばかりだ。

 世の中の全てに確かな答えがあると信じるほど、俺はガキじゃない。


 それでも、それでもだ。

 確かめずにはいられなかった。

 ヒトとは思えないこの少女が、何故死んだ妹に似た姿で、同じ名で呼ばれているのか。

 だけどどう尋ねる?

 余計なことを口にして、このイカれた女の興味を引いても面倒だ。

 その子が妹かどうか? なんて尋ねるなんてのは絶対に悪手に思える。


「そいつは……一体なんなんだよ」


 結局のところ、そんな言葉が口をついて出た。無難な問いかけだろうと思う。

 教授は一瞬、驚いた表情を見せ、それからニンマリと口端を歪める。


「何か、か。そうだね、少年にはこれが何に見えるかね?」


 俺の問いかけに問いで返した教授は、プリシラの肩を掴み自分の前に立たせた。

 少しばかり困惑した様子で教授を見上げたプリシラに、妹の面影がよぎる。

 やっぱり似ている。

 いや、似ているどころの騒ぎじゃない。そっくりそのままだ。まるで生気を感じさせない無表情さを除けば。

 返答に窮した俺に、教授は「ふむ」と意味ありげに頷く。


「さっきも言った通りだ。これは私の武器、身を守るための道具だ。その本質を問うのであれば、これは人形だ。と答えねばならない」


「人形は喋ったり、ひとりでに動き回ったりしねぇよ」


 教授のもったいぶった口ぶりに、わき上がった苛立ちの赴くまま、俺はそう吐き捨てる。


「ははは、然り然り。確かに君の言う通りだ。だがね……」


 教授は不敵に笑い、そして。


「骸骨がひとりでに動き回る光景を君は見慣れているんじゃないのかね? 人形がそうであったところで、今更驚くに値しないと思うが?」


 薄く細めた目、揶揄うように歪めた口元。どうやら教授は、このくだらない問答を楽しんでいるらしい。

 ついでに言えば、まともに取り合う気もないと見える。


「畜生、もういい。勝手に言ってろ。とにかく移動するぞ。ここだって長居していい場所じゃないんだ」


 釈然としない思いを抱えたまま、俺は踵を返す。カンテラを片手に暗がりに足を踏み出す。踏みつけた肉塊のグニャリとした不快な感触に舌打ちする。

 だがその背に掛けられた教授の一言に、俺の足はまた止まった。


「今度は私から質問させてくれないかテッド君。君は……」


 振り返りもしなかった。

 どうせくだらない話だ。そうたかをくくって歩み出そうとした俺の足は、続く言葉に二の足を踏んだ。


「この子を知っているのじゃないのかね?」

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