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人形遊び


 (ーーなんだよあれ)


 奇っ怪なものは見慣れているはずの俺ですら、そう思わずにいられないものが目の前にある。

 教授(プロフェッサー)の手には、引き抜かれたプリシラの腕。

 肘から下を失ったその腕が、力無くダラリとぶら下がる。

 露わになったプリシラの腕、その肩関節は、人形(・・)のそれのように見えた。


「しかし困ったな、予備の腕は後から届く荷物の中なのだ」


 驚きに周囲を警戒する事も忘れて見入ってしまった俺を他所に、教授は独り言ちるように何事か呟きながら、先ほどまでプリシラが運んでいた大きなトランクケースを開ける。

 それから急に振り返りこっちを見た。


「少年、ここから先もまだ、先ほどのような危険はあるのだね?」


 俺はその問いの真意を計りかねたが、事実としてこの地下水道もまた、相当に危険な場所であることに代わりはなかったから、ただ頷く事で返事とする。

 教授は一言「それなら結構」とだけ口にして、彼女の背中越しで見えないトランクの中身をごそごそとまさぐり始めた。

 何に使うのかあまり想像したく無い器具をいくつか地面に広げた後、教授が取り出したのは、何とも奇怪な物だった。


 端的に言えば、それは腕だ。

 革のベルトで幾重にも縛られた、肩から指先までの腕一式(・・・)

 華奢なプリシラには到底似つかわしく無い筋肉質なその腕は異質な造形をしている。

 革ベルトの隙間から覗くのは黒とも茶色ともつかない硬そうな毛。それは獣毛を思わせる。

 露わになっている手の平から指先にかけても異様だ。不釣り合いに大きな手のひら、加えて異様に長い爪はまるで獣のようだが、明らかに生き物のそれでは無い。金属質な鉤爪がまるで本物の爪のように生えていた。

 いや、本物なんて言葉が正しいのかまるでわからなくなる。

 その腕そのものがどこまでも作り物のようにも見えて、まるで現実味がない。だけど俺はそれを知っている。

 胸の奥にじわりと嫌な予感が広がった。

 

 目に映る光景をうまく整理できないでいる俺を置き去りに、教授は外した(・・・)時と同じように、プリシラの肩にそれを取り付けようとしている。

 が、ふと手を止めた。


「ふむ、袖が邪魔だな。プリシラ、脱ぎなさい」


 ーーは?


 事もなげに言い放った教授の言葉に、プリシラはたどたどしい手つきで服を脱ぎ始める。

 そこには何か疑問も抱いた様子はない。ただ片腕で酷く手間取りながら、女中(メイド)服を脱ごうとする少女の姿がある。


「何を手間取っているんだ……。と言うのはその腕では酷か。幸い服の替えはある。構わない、少々乱暴でも脱ぎ捨ててしまいなさい」


 まごつくプリシラの様子に業を煮やしたのか、教授はあろうことか服を破り捨てろと言った。


「おいっ! 時と場所を考えろよっ!」


 思わず呆気に取られ、ようやく口にできたのはそんな間の抜けた言葉だった。


「近々に危険はないのだろう? むしろ今を逃す手はないと思うが?」


「そういうこと言ってんじゃねぇよ!」


 首だけを回し、こちらを向いた教授の顔は、本当に俺が何を言っているのかわからないと言う風だった。

 そんなやり取りの最中にも、プリシラは素知らぬ顔で自分の衣服の肩口を掴み、何の躊躇いも無く引きちぎった。

 布の裂ける音と共に、プリシラの白い肌が露わになって行く。

 とっさに目を背けた。


「私は私の身を守る武器の整備をしているだけだ。何が問題なのかね?」


「何がって! そりゃ……あぁ! もう! 勝手にやれよ!」


 自分が何を言おうとしているのか、途中でわからなくなって、最後は吐き捨てるように早口になった。

 顔が火照るのを自覚しながら背を向ける。ほんと、何やってんだ俺は。

 羞恥と自己嫌悪に小さく丸めた背中に「……あぁ、なんだ、そういう事か」と気の抜けた声がかかる。


「全く面白いな少年。いや、テッド君だったか」


 教授の、くつくつと籠りがちな笑い声。

 ようやく俺を名前で呼んだその声は、随分と上機嫌だった。


「君はプリシラの戦いぶりを見ただろう? あの人間離れした動き、その戦闘能力。それを目の当たりにした上でなお、この娘を少女として扱おうとするのか。だから目を背けていると言う訳かい? その裸体を見ないように? 実に紳士的じゃぁないか」


 背を向けているせいで見えはしないが、きっと教授は相当に嫌味な笑みを浮かべているに違いない。

 ひどく見当違いなことを口にしてしまったような気がして、とにかく居心地が悪かった。


「君のヒトの定義は随分と許容範囲が広いらしい。やはりそれは君がそんな身体だからなのかね? それともなにか別の理由かな? いや、気を悪くしないでくれたまえよ? 私は大いに君に興味が湧いたんだよ、テッド君」


 振り返って反論する事もできず、ただ握った拳に力を込めるだけの俺に、揶揄するような声が浴びせられる。

 恨みがましくも躊躇いがちに、視線だけを向けて見た教授は、酷く上機嫌に笑っていた。


 

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