5話 〜飴と鞭〜
「おはよう、切り札ちゃん。」
目の前のお姉さんはそんなことを言いながら笑う。
なんか、そう言われてる理由というか原因って絶対私が艦長さんに頼みこんだときのあの言葉だよね!?
自分で下手なこと言ったからぁ……
「もしかして、そう言われるの嫌だった?」
「いえ、そんなことはないです!」
急に心配そうな顔をするので、私は首を横に振る。
……勢い余って痛い。
そうだよね。
背中痛いなら首痛めてない保証はないというか、よく動くな。
お姉さんの方はというと……
小箱の中から包帯のようなもの──というか、包帯を取り出してる。
あと、ハサミとテープ。
「えっと……あなたは?」
彼女は動きを止めて、こっちを向く。
私は変に緊張してしまう。
……なんで?
「クラン・アオミズリー、26歳独身。
軍医やってまーす。」
彼女は元気そうにそう言った。
言った後に、"と言っても、同性で世代も違うあなたにこんなネタ言ってもわからないかもしれないけどね。"と付け足される。
……聞かなかったことにしようかな。
世代って言われても、ごっちゃごちゃになる気しかしないし。
「さて、切り札ちゃんの怪我の状態なんだけど……」
怪我の状態かぁ。
海から落っこちたんだし、骨の一本ヒビが入ってても──
「全身打撲はあるけど、骨や神経系には異常はないわ。
あっ、でも頭蓋骨にヒビは入ってたわよ。
あっという間に治っちゃったみたいだけど。
まぁ、流石"切り札"ちゃんね。」
……いや、どういう意味?
怪我の方もツッコミはあるけど……
バカにされてる感じは──なさそう。
「そう、なんですね……
あの、外の様子って?」
なんとか身体を起こすのを補助してもらいながら聞いた。
身体も痛いし、今みたいに何もできないだろうけど。
外の様子を知る権利ぐらいは……あるよね?
「外──とりあえず、敵は撤退して行ったわ。
あなたのおかげでね。」
「……はい?」
何を言ってるんだろう?
私、無様に撃ち落とされただけだよ?
何か出来たことなんて──
「あなたが撃ち落とされた時、あなた自身が戦ってることが敵に知れ渡ったみたいでね。
変な通信だけ残して帰っちゃったみたいよ。
ここら辺、磁場が荒れてるからか知らないけど、オープン回線で──」
「その通信の内容ってなんですか!?
というか、なんでそんなことわかるんですか!?」
私は思わずクランさんの方に顔を向けて──
「痛い!」
「こら、むちゃするから……」
首も多少痛めてるのを忘れてて、動かしたのを後悔した。
「で、内容?
私にはよくわからないのだけど。」
クランさんは一呼吸してから言う。
包帯を巻き直す手つきを止めずに。
「"αが敵になった"。
って、そんな短い文章がばら撒かれたみたいよ。」
「そう、ですか……」
謎がまた増えましたね。
αって私のこと……だよね、流れ的に。
つまり敵からすると、私は元々敵じゃなかった……ってこと?
いや、ややこしいな?
「まぁ、とりあえず。」
巻き終わったらしく、クランさんは用意を片付けながら言う。
「細かいことはこの後来る艦長さんに聞きなさい。」
「えっ。」
ちょっと!?
あの艦長さんですか!?
私わがまま言って結果落とされて──
なんか顔合わせづらくないですか!?
「ちょ、ちょっちょっと待っ──」
「じゃ、お大事にね〜。」
行っちゃった……
どうしよどうしよう!?
最悪怒られ──
「失礼する。」
来ちゃったぁぁぁぁ!!
やばいやばい。
あぁ、もう!
なんか言われるくらいだったらいっそのこと!
「アイリス、この──」
「わがまま言って、落とされちゃって、すみませんでした!」
私は先に謝った。
だって、どうせ怒られるなら思ってることを先に言わないと。
怒られた後に言い出すのって、難しいから。
「本当に──」
「……君は、先に人の話を聞くと言うことを覚えるべきだと思うね。」
ため息をつかれる。
……裏目に出ちゃったのかな。
なんて思っていたら、艦長さんは笑顔を造って言う。
「アイリス、君のおかげで"最悪"を免れることができた。
ありがとう。」
「……え?」
急にそんなこと言われるなんて、想像もしていなかった。
ので、私は──
「いや、いやっ。
えっ、私なんもしてな──
私、これから処分されるから最初に甘い言葉かけておくってことですか!?」
軽く、いや重く。
パニックになっていた。
「いや、どうしてそうなるんだ。
言葉通り受け取ってくれればいいから……」
また、ため息をつかれる。
私は少し落ち着こうと、息を吸ってはく。
また、吸ってはいた。
「……騙してないんですね?
私、何にもできてませんでしたけど。」
「だからなぁ……
私たちに騙すメリットがないんだよ。」
……確かに。
軍としたらそんなことしてる暇ないだろうな。
「……じゃあ、最悪ってなんですか?」
私は艦長さんに聞いてみる。
艦長さんはさっきまでの呆れ顔から、真面目な表情に変えて言う。
「君が連れ去られて艦も破壊される。
ただ、それだけのことだ。」
……いや、それだけって。
それって結局、運じゃ──
「少なくとも、連れ去られなかっただけ偉い、という話だ。」
「……それ、ほんとに褒めてます?」
「あぁ、褒めているが。」
……わかんない。
正直、艦長さんの顔は怒ってるようにしか見えないし。
「……さて、飴はここまでにするとして。」
艦長はさらに顔を険しくして──
「ここからは鞭。
君の迎えるべき処遇の話をしようか。」
……やっぱり怒ってるよねこれぇぇぇ!?
「君は、AIを撃ったね。」
「……はい?」
そりゃ、撃ったけど。
撃って、落として──
「君は敵を撃ち落とし、その危険性を敵に示してしまった。」
……え?
「これから、君は普通の暮らしはできない。
君自身が脅威として、つけ回されることになるだろう。」
……そう、なるのかな。
脅威ってほど活躍した覚えはないけど?
敵を墜とす〜とかの方面では。
「君は、どうしたい。」
「……何をですか?」
艦長さんは息を吸いなおして、はいて。
深呼吸してから──
「このまま、近くの人を守ろうという意志があるのか、安全圏で政治の道具にされるのか。」
「一体、何を言ってるんですか?」
政治?
私のどこにそんな価値が?
……もしかして、私が連れてこられた理由ってそれなの?
「……どちらか、選ぶんだ。」
……選ぶ。
選ばなきゃいけないの?
何も、自分自身のことも、わからないのに。
だったらまだ──
「人を守りたいです。」
そっちの方が、まだ私らしい。
なぜか、そう思えるから。
「険しい道になるぞ。」
私は何にも言えない。
だって、それがどんな道かすら、想像もつけないから。
まだ何にも知れてない。
「でも、それがノアを探すのに繋がるなら。」
「……そうだな。」
艦長は席を立ってしまう。
そして、ドアに向かって歩いて行って──
「怪我が治り次第訓練だ。
根を上げることは許さん。」
そう言って、ドアノブを回してドアを開ける。
……そう言えば、大切なこと忘れてるような?
「……艦長さん。」
「なんだ?」
「名前って、なんですか?」
そう言えば、聞いていなかった。
だから、聞いたけど……
「……グミル・アオミズリーだ。」
そう言って、ドアが閉められた。
……クランさんと兄妹なのかな?
そうだとしたら、本当に飴と鞭では?
私は謎にそわそわして1日を過ごすことになった。
アイリスも年頃の女の子なのです!




