9-ニコチン<フリフリ
「ひゃっ⁉」
予想外の数字が出てきて俺は大いに驚いた。
「その金って、どっから捻出したんだよ……? というか、俺貰っていいの……?」
「いいわよ全然。お金はお父さんが特許沢山持ってるからねえ。エンジェルだって、毎月大赤字よ? 私の趣味で開いてる店だから」
「だからあんなに衣装のバリエーションが……」
キャスト全員のサイズに合う衣装が十種類くらいあった謎が今解けた。
「採算取れてんのか毎回心配してた俺の心を返してくれ……!」
「採算なんて取れるわけないじゃない。採算取るならまずはキャストの一新からよね」
「お袋もアレは問題視してたんだな……」
ただ呑気にメイド服で働いていただけではなくて安心した。
「新しいキャストも近々来る予定よ。頑張り屋さんだといいんだけれど」
ま、それはそれとして、とお袋は続ける。
「お仕事の時間よ。趣味でやってる店とはいえ営業時間くらいは守らないと」
「趣味に付き合わされる身にもなってくれ……」
趣味で息子を娘にする父親とそれをメイド喫茶のキャストとして働かせる母親……金銭面では何不自由なく育ててくれた事に感謝はするがそれはそれとして言いたいことは山ほどある。
「お給料は出してるんだから、文句言わずに働きなさい」
「それを言われると弱い……」
俺はため息をついて高級鞄を手にエンジェルへ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あっ、おはよー葵ちゃん!」
出勤して真っ先に挨拶してきたのは咲喜だった。
咲喜は既にフリフリのレース満載のメイド服に着替えていた。
「なあ、お袋……」
「あなたはキャストで、今日はフリフリの日よ?」
俺の言葉を遮ってお袋は事実だけを述べた。
「……はあ。分かったよ。俺も男だ、腹括ってキャストでも何でもやってやらあ!」
俺は覚悟を決めて更衣室に入った。
「えーと、フリフリは……」
当然ながらキャスト用の衣装は男子更衣室には各種類一着ずつ、俺用しかない。目当ての衣装を見つけるのは簡単だった。
「なんだこれ、どう着るんだ……」
構造が複雑なのと、破ってはいけない緊張感で俺は半裸でメイド服をひっくり返したり眺めてみたりして、なんとか着ることができた。ようやく一息ついていると、控えめなノック音が部屋に響いた。雄二だな。
「入っていいぞ、着替えは終わった」
「良かった。そろそろ着替えないとまずい時間帯だったから」
「別に気にせず入ってくれて構わねえのに。下手に女扱いされる方が傷つくぜ、俺は」
「そうは言ってもなあ……」
雄二の視線は俺の胸と尻を行き来した。
なるほど、女子は視線に敏感だと聞いてはいたが、見られる側に立つとよく分かる。
「まあ……確かに気は散るわな。なるべく早く着替えるようにするから、それで勘弁してくれ」
「うん、その方向でお願い」
雄二に手を振ってから更衣室を出た。
「仕事すっかー……」
伸びをしつつホールに出ると、珍しく綾香が机を拭いていた。しかもキッチリ隅まで。
「よおニコチン中毒者。いやに今日は真面目じゃねえか。どういう風の吹き回しだ? ヤニはいいのか?」
これまでも稀にしっかり働く日はあったが、何を基準にしているのか分からない。
「……服に見合う仕事をしたいだけ。煙草は、お気に入りの服だから今日は吸わない」
今までになくおとなしい返答が返ってきた。
「フリフリがお気に入りねー。なるほどなるほど」
普段が普段なので大人しいと少しいじめたくなる。
「アンタこそちゃんと働きなさいよね。もうキャストなんだから」
ニヤニヤと綾香を見ていたら逆に注意されてしまった。
「そうは言っても開店準備って何やったらいいか分かんねえんだよな。いつも開店直前に来てたからよ」
「……じゃあ、看板出してきて」
出口付近に置いてある看板を顎で指示して綾香は言った。
「はいはい。力仕事はお任せあれ、ってな」
看板を持ち上げて店の外に置いた。しかし、結構重いなこれ。女子にこの重さは中々酷だ。どうせ看板出すのなんて開店直前だ。今までもやってやればよかった。
「あっ、葵ちゃん看板やってくれたの? ありがとー。アレ持ち辛いから運ぶの大変だったんだー」
咲喜が笑顔で寄ってきた。
「いつもこれ運んでたのか? 重かったろ」
俺が聞くと、
「重くはなかったよー。ただ大きくて運び辛かったなーって」
咲喜の腕は華奢な女のそれで、特段筋肉がついているようには見えない。が、アレは俺でも重いと感じたのだが……
「咲喜、ちょっと腕相撲してくれるか?」
「腕相撲? いいけど、どうやるの? やったことないんだー」
俺はルールを簡潔に説明した。まあ、大したルールがあるわけでもないが。
「じゃあ、行くよ?」
せーので始めた勝負だったが、俺は秒で負けた。
元々はそこらの男よりよっぽど腕力のある俺が、だ。
これは女体化の影響か、咲喜の腕力が異常なのか。
検証が必要だ。




