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8-親父はまごうことなきクズ

 玄関の前で俺は頭を抱えていた。

 鍵を持たずに家を出ていたのだ。

 仕方なく俺はベルを鳴らした。

「はいはーい。あら、葵。家出はやめたの?」

 明るい声でお袋が出た。

「……荷物取りに来ただけだよ。それより、元に戻してくれねえか? この風体じゃ客にナメられる」

「それがねー、どう頑張っても一年後になりそうなのよねー」

 内容とは裏腹に呑気な声でお袋は言った。

「はぁ⁉ どういうことだよ!」

 俺が怒りの声を出すと、

「いやあ、お義父さんの放浪癖は知ってるでしょ? また女の人とどこかに雲隠れしたみたいで。一応責任を感じているのか、戻る薬の製法と作れる施設の番号は置いて行ったんだけど……」

「だけど?」

 それならすぐにでも作れそうだが。

「臨床試験も行っていない薬を人体に投与することはできない、ってことでねー。最短でも一年の研究が必要だって」

 お袋の言葉は俺を絶望の谷に突き落とすには十分だった。

「マジ……かよ……」

 いつも親父のおふざけは度を越したものではあるものの期間は精々一週間程度だった。それが……一年⁉

「……分かった。親父は帰って来次第絞め殺す。じゃ、荷物まとめて時間なったらエンジェル行くから。キャストの出勤時間は何時だ?」

「十時半よー。なんだ、キャストとしての意識が高まってきたじゃないの」

 からかうようにお袋は言った。

「本格的に一人暮らしを検討し始めただけだ。時給も上がるし労働時間も伸びれば現実的になる」

 今までも何回かは検討したのだが、職場周辺の家賃は高い。加えて俺は中卒だ。エンジェル以上に割のいい仕事が無い。

 そんな事情で実家に居続けたのだが……

「ところで、荷物取りに来たって、泊まるアテでもあるの? まだ部屋は借りられないでしょ?」

「しばらくはエンジェルに泊まる」

「ダメよー。夜中に電気点いてたら可愛い女の子がいるって悪い人に入られるわよ?」

 シルエットでも見られたら猶更ね、とお袋は付け加えた。

「ンなもん、ぶちのめせばいいだろ」

 喧嘩しかしてこなかったんだ。女体化したってそこいらの男に負ける程やわじゃない。

「その後はどうするの? 警察にでも預ける?」

 お袋は何か含みのある言い方で言った。

「そりゃあな。無理矢理侵入したなら窓を割られたりしてる可能性もある。ちゃんと連れてくさ」

 弁償してもらわないといけないからな。

「その時に提示する身分証は?」

「……あ」

 自分の見通しの甘さに俺は眉尻を下げた。

「ね? どうせ今はイタズラするお父さんもいないんだし、ウチにいなさい?」

「……」

 お袋の話す論理に俺は反論できなかった。だが、あの親父だ。すぐにひょっこり帰って来て状況を更に悪くする可能性も否めない。それに──

「まあ、ともかく今はお仕事。仕事上がったらお買い物しましょ。いつまでもその服じゃ大変でしょ」

 俺の胸元の開いた服を見てお袋は言った。

「……そうだな。買い物、手伝ってくれると助かる。だけど、やっぱり家には帰らない」

「……撫子のこと?」

 流石は俺を育てた人だ。俺の懸念を話さずとも拾ってくれる。

「ああ。アイツにこんな姿見せたくない」

 撫子というのは俺の妹だ。高校生で、今は修学旅行で家にいないが今日帰ってくる。

「撫子は葵のこと大好きだから、受け入れてくれると思うけどねえ……」

「だからこそだよ。アイツの前では威厳のある兄でいたいんだ」

 それなりに成長してなお俺を慕ってくれるアイツが俺は好きだ。こんな姿は見せたくない。

「そうは言っても……一年間隠し通すのは無理なんじゃない?」

「それは……そうなんだけど」

 もし隠し通せても一年間会えないのは辛い。

「じゃあ開き直るしかないじゃない。どうせ全部の責任はお父さんにあるわけだし」

「それも……そうかあ……」

 なんだか言いくるめられた気もするが、納得できる論理だ。

「まあ、とりあえず仕事をしてからよ。そろそろいい時間だから準備しなさい」

「へいへい」

 置いて行った財布をポケットに入れ──ようとして入らないことに気付いた。

「ああ、レディースは結構ポケット浅い服多いから前の感覚だと困るかもしれないわね」

 なんとか財布をポケットに押し込もうとしている俺にお袋は告げた。

「どうすっかな……」

 スマホはギリギリ入るが財布は入らない。元々手ぶら族なので鞄のようなものも持ち合わせていない。

「私のでよければ譲るわよ」

 とお袋。

「それって……」

「まあ、女物だけど」

「はぁ……仕方ねえか。背に腹は代えられねえ。お袋、悪いけど鞄譲ってくれ」

 胸元の開いたへそだしコーデにハンドバッグじゃギャルかなんかだと思われちまう。

「はーい。ピンクと黒どっちがいい?」

「黒!」

 ピンクの鞄なんてもん、こっ恥ずかしくて持てん。

「はい、じゃあこれ。一応ブランドものだから大切にしてね」

 黒い高級そうな小さいバッグを渡された。

「ブランドものねえ……いくらしたんだ?」

 他人とすれば下世話な話だが親子だ。これくらい聞いてもいいだろう。

「ええと……百……五十万くらいだったかしら」

「ひゃっ⁉」

 予想外の数字が出てきて俺は大いに驚いた。

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