3-お前が言い辛かったら俺も同じなんだよ
「てかさあ」
裏口から更衣室へ向かう途中、綾香が口を開いた。
「なんだよ」
「アンタって、どっちで着替えるべきなんだろうね」
「どっちっつーと……ああ」
男子更衣室と女子更衣室のことか。
「俺以外だと男は雄二くらいだろ。一時的に雄二に入らないよう頼めば問題ないだろ」
山本 雄二。ウチのキッチンを任されている男だ。なんでもとんでもない額の借金があるらしいがまあ、俺がどうこうできることじゃない。
「ま、男どもがそれでいいならそれで。間違っても女子更衣室には入んないでね」
綾香が顔を寄せてキツく言った。性格とヘビースモーカー気質、サボり癖が無ければいい女なんだけどなあ。……いや、直すべきところが多すぎる。
「んじゃ、ホール行ってくるわ。着方分からなくてもなんとかしてね」
「……ああ、分かった」
あんまりにも投げやりじゃないかと思ったが、コイツはそういう性格だ。頼るべきじゃない。なんて考えていると、
「あ、そうそう。これ、下着。どうせ買ってこないだろうから渡せってオーナーが。寝てる間にサイズ計ったからピッタリのはずだってよ」
と、廊下に無造作に置かれていた紙袋を渡してきた。
「あー……サンキューな」
女物の下着か、気が重い……つけなくてもバレないんじゃねーかな。
「後でちゃんと着てるかチェックするからちゃんと着ときなよ」
そう言い残し綾香は煙草に火を点けながらホールに向かった。
……着るしかないかあ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おはようございまーす」
タイムカードを押し、着慣れないメイド服をなんとか着て厨房に顔を出した。
「おはよ……誰? オーナー、新しい子入るって言ってたっけ?」
戸惑う雄二。情報共有はされていないらしい。ホント、よくもまあこれで回ってるなこの店。
「俺、龍ヶ崎 葵。親父の薬でこうなって、今日からメイド兼セキュリティ」
必要なことだけかいつまんで説明すると、
「葵っち……苦労してんなあ……お疲れ、頑張って……」
「ありがとう雄二……」
ここまで同情してくれるのは雄二だけだ。やっぱり持つべきものは友だな。
「あーイライラする。雄二、パフェ頼んでいいか」
俺はこう見えて甘味に目がない。ストレスは甘味で癒すに限る。
「作るのは構わねえけど、どこで食べるんだ? 前は客に溶け込めたが、今回はそうもいかんだろ」
「あー。咲喜式でいくか」
滝花 咲喜。甘いものに目がない美しいというより可愛らしいという言葉の方が似合うキャストだ。あと乳がでかい。今も客にパフェをねだって客の隣でパフェをパクついている。
「あれなあ。よくないと思うんだけどなあ……風営法に照らしたら一発アウトだし」
雄二は元ホストらしく、その辺の法律に詳しい。
「そうなのか。つってもまあ、一人が二人に変わったところでそう変わらんだろ。次郎の席行ってくる」
「まあ、知り合いなら多少マシか……」
後ろでため息をつく雄二の声が聞こえた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「よっ、次郎」
一人席で暇そうにしている次郎に声をかけた。キャストがサボり魔だったりパフェを食べたりしているので店が回っていない。人手不足云々の前に職員教育をした方がいいのではなかろうか。まあ、俺もサボっているのでなんとも言えないが。
「おお、葵氏! グラマラスな体型が強調されてとても美しいですぞ!」
「てめえ、俺がそれ言われて嬉しいと思うか?」
そう言って俺は次郎の頭を軽く小突いた。
「もっと強くしていただいて構わないですぞ! 強烈なビンタを所望する次第!」
「パフェ奢ってくれたらやってやるよ。全力でな」
俺が言うと、
「もちろん奢りますぞ! 帰ってから特製ケーキも作る所存!」
コイツはパティシエをしている。俺はコイツが天才パティシエだと信じている。とにかく美味いのだ、コイツの作る甘味は。
「オーケー。それじゃあ」
バチーンと大きな音を出して次郎の頬を張った。次郎は軽く吹っ飛ぶ。
「これは中々効きますなあ。素晴らしい! それではパフェとオムライスをオーダーするでござる!」
真っ赤になった頬を愛おしそうにさすりながら高揚した顔で次郎は言った。ドン引きだ。
「あいあい。少々お待ちを」
厨房に戻りオーダーを伝えた。テキパキと料理する雄二。いつ見ても手際がいい。元ホストらしいが断然料理人のが合っていると思う。
「はいできあがり! ケチャップはお客様の前で呪文を唱えながらかけてあげて!」
「げっ、そういやそんなのあったな」
綾香はサボってばっかだし咲喜は食ってばっかだから忘れてた。
「……呪文って、どんなだよ」
「ええと……あなたのハートに萌え萌えキュン、とか?」
言い辛そうに雄二は言った。お前が言い辛かったら俺も同じなんだよ。
「はあ。分かった、配膳してくるわ」




