第8話「それぞれの十二月」
クリスマスイブの前日、悠は珍しく街に出た。
目的はひとつだ。
「……何がいいかな」
雑貨屋の前で立ち止まって、悠はウィンドウを眺めた。クリスマスの飾りが並んでいる。マグカップ、ポーチ、キャンドル、文房具。
重くないもの。かさばらないもの。でもちゃんと喜んでほしいもの。
条件を頭の中で並べてみると、意外と難しい。
悠は店に入った。
ひなはどういうものが好きだろう。明るいもの、かわいいもの、実用的なもの——全部当てはまる気がして、絞れない。そもそも自分はこういうことが得意ではない。施術の道具なら迷わず選べるのに、プレゼントとなると途端に自信がなくなる。
「いらっしゃいませー!何かお探しですか?」
店員に声をかけられた。若い女性だ。
悠は少し間を置いてから、「二十歳くらいの女性に、クリスマスプレゼントを考えていて」と言った。
「あ、彼女さんですか?」
「……スタッフです」
「スタッフさんへのプレゼントですね!予算はどのくらいですか?」
「重くなりすぎないくらいで」
「重くなりすぎないくらい、ですね」店員が少し首をかしげた。「金額で言うと?」
「……気持ちが重くならないくらいで」
「あ、ちょっとしたものですね!」
店員が雑貨のコーナーへ案内してくれた。悠はそれを見ながら、ひとつひとつ手に取った。
これは違う。これも違う。これはちょっとかわいすぎる。これは実用的すぎる。
「お相手の方、どんなものが好きですか?」
「……明るいもの、かな。甘いものも好きで、よく食べる。動きが多い人で、よく何かにぶつかる」
「よく何かにぶつかるんですね」
「はい」
店員がふわっと笑った。「じゃあこれとかどうですか」
差し出されたのは、小さなポーチだった。明るいオレンジ色で、内側がクッションになっている。
「ぶつかったりしてもスマホとかが守られるポーチで、かわいいし実用的ですよ」
悠はそれを手に取った。
オレンジ色。なんかひなに似合いそうだ。
「……これにします」
「ありがとうございます!ラッピングしますか?」
「シンプルなので」
「かしこまりました!」
悠はポーチが包まれるのを待ちながら、店のウィンドウの外をぼんやり眺めた。
街はクリスマスの人で賑わっている。カップルが多い。家族連れも多い。
自分は今、バイトの子へのプレゼントを選んでいる。
それだけのことだ。
「お待たせしました!」
紙袋を受け取って、悠は店を出た。
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同じ日の午後、ひなと結衣は街を歩いていた。
「先生に何買えばいいかな!!」
「え、先生に?」結衣が振り返った。「プレゼントするの?」
「クリスマスだし!でも重くないやつ!ちょっとしたやつ!さりげないやつ!」
「さりげなく先生へのプレゼントを用意するわけだ」
「うん!!あ、でも渡せるか自信ないけど!!」
「渡せなかったら意味ないじゃん」
「渡す!渡すけど!なんか照れるじゃん!!」
結衣がにやにやした。「好きな人へのプレゼントだからね」
「ちがーう!!お世話になってる先生へのちょっとしたお礼!!」
「はいはい。何買うつもりなの」
「それを考えてるの!!先生って甘いもの好きじゃん!でも食べ物って消えもので、なんか残らないし——でも物だと重いし——」
「難しい悩み方するじゃん」
「そう!難しいの!!」
二人で雑貨屋の多い通りに入った。ひなが次々と店を覗く。
「これかな!コーヒーのやつ!先生コーヒーにこだわりあるから!」
「どんなこだわりがあるの」
「豆から挽くし、お湯の温度とか注ぎ方とか——カップも決まってて——」
「詳しいじゃん」
「仕事で見てたら自然と!!」
「コーヒー豆は?」
「豆は重くない?」
「消えもんだし重くないかな!でも好みがあるし——先生の好みよくわかんないし——」
「先生のコーヒーの好みはわかんないの?」
「わかんない!甘いもの以外の好みはあんまりわかんないんだよね!」
「甘いものの好みはわかるの」
「コンビニのプリンが好きで、バターサンドは冷凍一時間派で——」
「ひな」
「なに」
「それ、好きな人のこと以外の何でもないよ」
「うるさい!!」
ひなが足を止めた。小さな雑貨屋の前だった。ウィンドウにシンプルな雑貨が並んでいる。その中に、手のひらサイズのアロマストーンが見えた。
「……あ」
「どうした」
「先生、サロンにアロマのディフューザー使ってるんだけど、たまに気分で香りを変えてて——でも自分で使うアロマストーンは持ってないって言ってて——」
「それ、いつ聞いたの」
「なんとなく話してたとき!」ひなが店に入りながら言った。「これいいかも!!シンプルだし、ちょっとしたものだし!!」
店の中を見ると、陶器のものと木製のものが並んでいた。木製のひとつに、蓮の花の模様が彫られているものがあった。
ひなは迷わずそれを手に取った。「これだ!先生に似合う!」
「即決じゃん」
「似合うんだもん!!」
「好きな人へのプレゼントを秒で決めるじゃん」
「だからちがーう!!」
ひなはアロマストーンをカウンターに持っていった。ラッピングをお願いしながら、なんか心臓がうるさいなと思った。渡せるかな。渡せるといいな。喜んでくれるといいな。
——喜んでくれるといいな、って思ってる。
「……あれ」
「どうした」ラッピングを待ちながら結衣が言った。
「なんか、喜んでほしいなって思ってる」
「当たり前じゃん、プレゼントだから」
「そうじゃなくて——先生に、特別に」
結衣が何も言わなかった。ただにやにやしていた。
「うるさい!!」
「何も言ってないよ」
「顔が言ってる!!」
---
ひながラッピングされたアロマストーンを受け取って店を出た。
その三分後、悠がその店の前を通った。
ウィンドウに並んだアロマストーンを見て、少し立ち止まった。
……ひなちゃんに合いそうだったな、あれ。
でももう買ったし。
悠は歩き続けた。
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仕事始めの日。
ひなが開店前にサロンに入ると、悠がいつも通りコーヒーを淹れていた。顎鬚がうっすら戻り始めている。
「おはようございます!!」
「おはよう。お休みはどうだった?」
「楽しかったです!結衣の家で鍋して——先生は?」
「静かに過ごしたよ」
「クリスマスのサロン、LEDライト点けっぱなしにしてたりしました?」
「……少しね」
「やっぱり!!」ひなはコートを掛けながら、鞄をごそごそした。「先生、あの、これ」
小さな包みを差し出した。
悠が振り返った。
「クリスマスのやつ、遅くなっちゃいましたけど!重くないやつなので!!」
「……ありがとう」悠が包みを受け取った。「開けていい?」
「どうぞ!!」
悠が丁寧に包みを開けた。木製のアロマストーンが出てきた。蓮の花の模様が彫られている。
「……」
「シンプルでしょ!自分用のアロマストーン持ってないって言ってたから!ちょっとしたやつで——重くないやつで——」
「ひなちゃん」
「はい!!」
「ありがとう。嬉しいよ」
「よかった!!」
悠がアロマストーンをカウンターの端に置いた。じっと見て、「ここに置こうかな」と言った。
「あの」と悠が続けた。「俺も実は」
カウンターの下から、小さな紙袋を取り出した。
「遅くなったけど」
ひなが受け取った。開けると、オレンジ色のポーチが出てきた。
「……かわいい!!」
「スマホとか入れるやつで、クッションになってるから——よくぶつかってるから、どうかなと思って」
ひなはポーチを胸に抱えた。
「……先生、私がよくぶつかるの知ってたんですか」
「知ってるよ。入ってきた初日から」
「……恥ずかしい」
「かわいいよ」
ひなが固まった。
悠も少し止まった。
「……ポーチが、っていう意味だよ」
「わかってます!!」
「そう」
「わかってます!!!」
二人の間に、アロマの香りが漂った。BGMが低く流れている。LEDライトがカウンターの端でやわらかく光っていた。
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次回は明日の21時頃に更新予定です。
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